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2007年12月

2007年12月31日 (月)

働く人々

 年末年始をふるさとで過ごす人たちの帰省ラッシュの光景がニュースで流れる。
おじいちゃんや、おばあちゃんの家に帰る小さな子供たちのインタビューは、ほほえましい。
お正月を海外で過ごす人たちのインタビューもいつもながらの歳末の風景ではある。
 しかし、その一方で、働く人達がたくさんいる。3K職場で働く人たちがいる。
そういう光景もニュースとしては、流してよいのではないか。
 そんなことを思いながら、今年を振り返る。あんまりいいニュースは無かった。屈辱的な思いを抱えた一年だったかもしれない。来年もこのままかもしれない。でも、自分としては精一杯、そんなそぶりも見せず、働いたのではないか。あと少しで会社人生が終了するのを感じながら。
 娘の大学合格は、今年、一番、幸せなニュースだった。来年、娘は親元を離れ、勉学の道へ一歩、前へ出る。
 歳月は平等に流れる。少しでも、前に進めるよう、歩みを進めよう。

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2007年12月30日 (日)

コブクロの蕾

 今年のレコード大賞にコブクロが歌う「蕾」が決まった。順当な結果だ。
何度聞いても、心に染み入る素敵な歌だ。いつ聞いても、目頭が熱くなる。
18歳のときに亡くした母への想いが込められた歌とのこと。
「千の風になって」といい、落ち着いた、心に残る歌を最近、多く耳にするようになった。
団塊の世代をターゲットにしているのだろうか。

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2007年12月23日 (日)

老いる

 80歳を過ぎても車を運転していた父は、さすがに、今回の病気が原因で、まだ車の運転が出来るまでには回復していない。毎週土曜には実家に帰り、買い物や正月の準備のためのお使いに、父の小さな車を運転している。
 先日は、年賀状を頼みに町の小さな印刷所に父を乗せて行った。60枚で2500円。年賀葉書は持ち込み。午前11時ごろに頼みに行ったのだが、夕方には出来上がり、自宅まで配達してもらった。
 高齢化が進む町では、老人たちの足がない。大型店はバイパスどおりに建設されて、昔からの商店街の客を奪っている。足が弱っている老人は、近くの商店街に行くのもやっとなのだが、その商店街には、欲しいものが売られていない。
 今年ちょうど80歳になった叔父と叔母が父の見舞いにやってきた。軽自動車に夫婦そろって乗り、ゆっくりとしたスピードでやってきた。町の中は、こんな老夫婦の車が多くなった。二人で支えあって動けるうちはいいのだが、これから歳を重ねるに連れて、生活が成り立たなくなっていく。
 染み入るような寒さに襲われるこの小さな町。一体、シャッターが下りているだけの商店街はどうなってしまうのだろう。

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2007年12月17日 (月)

さらば、勘助。「風林火山」最終回を見る。

 大河ドラマに引き込まれる理由のひとつに、その放送が「年の初めに始まり師走に終わる」ということがある。ドラマの最終回、自身の一年間を振り返りながら、ドラマの大団円を見届けることが出来る。

 「風林火山」の最終回を見た。印象に残る最終回だった。片目が見えず、足を引きずり、自分は月影と心得て親方様を照らすことに、その生涯をささげた勘助。最期は壮絶な戦死。

 原作の小説「風林火山」は井上靖の作品。今回のドラマは勘助が武田家に仕官する前の時期を創作したが、予想以上に、その部分に面白さがあった。貫地谷しほりという、今、連続テレビ小説の主人公を演じている素敵な新人女優の演技が開花した。また、大河初出演の千葉真一が演じる板垣信方がドラマに重厚な感じを与えた。もちろん、信虎を演じた仲代達矢や竜雷太も印象に残った。その他、数え切れないほど心に残った役者が多かった。華やかなスターだけでなく、しっかりと脇を固めた演技人が多かったように思う。

 武田軍団の勝ち鬨の後のラストシーン。背中に矢を受けながら必死に愛する家族の元に帰ろうとする平蔵(佐藤隆太)。国や組織の命運もさることながら、ただ自分の守りたい者のために戦い、家路に帰ろうとする一人の雑兵の強い意思。家族の元にたどり着けるかどうかはわからない。だが、武者狩りをしている老婆(緑魔子)を登場させることにより、生きて帰れるとの希望、予感を視聴者に与える。原作は勘助の死で終わるのだが、ドラマでは懸命に生きた人、生きようとしている人を登場させ、余韻の残る最終回となった。ドラマ終了後に武田家のその後を説明し、権勢を誇った武田一族も最期は悲劇的な滅亡が待っていたことを伝えたのも効果的だった。

 人の一生は、まさに一酔の夢だ。だが、たとえそうであったとしても、そして、劇的であろうがなかろうが、後世の歴史に名を残すような人生であろうが無かろうが、夢を追いかけて生きる価値はある。たとえその夢が果てしないものであったとしても。そんなことを教えた「風林火山」だったと思う。

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2007年12月16日 (日)

父の吐血

 しばらくブログを更新できなかった。先月下旬、実父が吐血・下血した。
日曜日の夕方、母から、緊張した声で電話があった。「おじいさんが血を吐いた。来てくれるかい?」おびえたような、恐怖に震えるような声だった。ちょうど、外出するところだったが、急いで車で実家に向かった。何も考えられなかった。ひたすら無心で車を運転していた。

 実家に到着すると、父が、コタツの横に横たわっていた。目はうつろで、一気にげっそりした様子だった。相当な血を吐いたという母の言葉だったが、その影は全く無かった。後で母に聞くと、すべて母が一人で血に汚れたシャツや座布団などを処分したとのことだった。「こどもや近所の人に見せることは出来ない」。そう思った気丈な母のなせることだった。

 父は隣町の総合病院に2週間ほど入院した。診断は出血性胃潰瘍。初期診断どおり2週間で退院した。一時は緊張したが、医者の的確な処置で、とりあえずの危機は脱したように見える。10月、貧血で救急車に運ばれたことがあったが、思えば、この時、すでに状態は悪化していたようだ。

 自宅に戻って1週間、母の懸命な看護で、顔色もだいぶ良くなってきた。互いに80歳を超えた夫婦の年輪が刻まれていることを見せ付けられた、この2週間だった。

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