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2007年11月

2007年11月30日 (金)

脇が甘い

 広辞苑によると、防御の姿勢がしっかりしていないこと、相手につけこまれやすいこと。
額賀財務大臣の証人喚問をめぐる民主党の判断をみていると、この言葉が良く似合うようだ。

 衆院で与党は三分の二の議席を持つ。だから以下のような指摘が出てくる。

自民党内には、小沢代表を喚問してはどうかという声もある。小沢代表の政治団体が、1995年以降、2006年までの間、山田洋行から、計600万円の献金を受けていた。献金は全額返還したと言うが、それでも十分、喚問の理由になる、という見方からだ。衆院では、与党が圧倒的多数だ。多数決による喚問決定がまかり通れば、衆参双方で喚問の応酬になる。それこそ泥仕合である。そうなれば国会は何をしているのか、という批判は免れまい。(11月30日付け読売新聞社説から)

 共産党が反対に回ったことを証人喚問中止の理由にしたコメントを鳩山民主党幹事長が語っていたが、それは奇妙な言い訳に聞こえる。

 当ブログで書いたことがあるが、参院選の民主党の勝利は敵失がもたらしたものだ。にもかかわらず有頂天になっている、という感じは今ももたれている。ピストルを持った少年と伊吹自民党幹事長に揶揄されている。権力の怖さを知らない少年なみの民主党と言うことか。地に足の着いた実力が無いことを一番良く知る小沢党首は、だから、政策実行のために大連立の誘いに乗ったりする。

 このまま閉塞感が続くようだと、「自民もだめだけど民主もだめだ。だったら、今と同じでいいや」という空気が、蔓延してしまうだろう。相手につけこまれないよう、しっかりとした路線を歩まなければならない。

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2007年11月28日 (水)

抑制された報道を。

 香川県坂出市の祖母と孫姉妹の行方不明事件で、姉妹の父の記者会見を見る。
「ほんまに報道のみなさんありがとう」と深々と頭を下げていた。この言葉を、民放のワイドショーに携わる人はなんと聞いただろう。いつものように一過性の事件として、時間とともに忘れ去るのだろうか。今回、彼らは、予断と偏見を持って、事件を伝えた、と思う。

 「いかに多くの国民から指弾されている被告で あっても弁護人は被告の基本的人権を擁護する責務がある」と同様に、マスメディアも、もっと抑制した報道を心がけるべきだ。「あいつが怪しい」という予断を持たせる「空気」を醸成してはいけない。

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2007年11月27日 (火)

母との確執

 NHKスペシャルで吉永小百合を取り上げていた。来年公開される山田洋次監督の映画「母べい」の撮影風景にに密着しながら、自分の父や母との確執について、インタビューに応えるというもの。

 1960年代の高度成長期に大スターとなった女優であるが、そのイメージが定着してしまって、とても悲劇的な部分を持っている人のように思えた。個人的にはNHK「夢千代日記」が秀逸で、この作品のイメージが余りにも強すぎる。

 この人は、一般大衆から作られたイメージを壊そうとして、背伸びをして、悪女的な役を演じたこともあったが、それらの映画は興行的にも成功しなかったのではないか。「いつもマルの演技だけでは駄目」と某女優に言われたことがあると、昔インタビューで話していたのを覚えているが、どうも我々も先入観で、この人を決め付けているようなところがある。

 吉永小百合というブランドを維持することは並大抵ではないのだと感じた。

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2007年11月26日 (月)

出口のない海

 DVDに録画した「出口のない海」を見る。推理小説家、横山秀夫氏の原作。横山氏が、作家になる前、少年漫画雑誌の原作として書いたものらしい。横山氏は新聞社を辞めてから、代行の運転手をしたり、食べるために苦労しているらしいが、その時代に書いた原作が、作家として脚光を浴びてから、日の目を見て映画化されたのだと思う。

 「男たちの大和」を見終わった後の圧倒的な感動には及ばなかった。ラストシーンで回天の整備士をしていた生き残った戦友が、主人公からもらった野球のボール、しかも、主人公から最期にもらったボールを海に投げるシーンがあったが、なぜこんなシーンを入れたのか理解できなかった。海に投げてはいけないのではないか。やはり持ち続ける必要があるのではないか。なにか、過去の尊い命と遺志を捨てるようで、あまり感心しなかった。

 原作は読んでいないが、映画としては、可もなく不可もなしと言ったところだろうか。

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2007年11月25日 (日)

20000日を生きる。

 今日25日で、生まれてから2万日を生きた。

 82歳を超えた実父は3万日を少し過ぎたところだ。実母は3万日まであと少しの所にいる。
その父や母に追いつくには、あと1万日が必要。とてつもなく遠いようではあるが、そのときがくれば、いったい自分の人生はなんだったのかと、振り返ることだろう。その過ぎてゆく日々の速さにあっけにとられながら。もっとも、それまで生きていられればの話だが。

 また一歩を踏み出すことにしよう。

37年前の今日、11月25日、三島由紀夫が割腹自殺した。高校2年生だったかな。

衝撃だった。その後、「憂国」を読んだ時、ぐいぐいと引き込まれていく自分がいたのを覚えている。「自分の死は自分で決める」。美輪某は、そのように三島の自決を解釈した。


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2007年11月23日 (金)

都市の墓標

 久しぶりに、東池袋から新宿西口まで車で行く。車窓から見える風景は、遠い昔とあまりにも変貌している。モダンになった都電を横目に見つつ懐かしい思いにふけりながら、明治通りを新宿のヒルトンホテルに向かった。

 東京都庁を中心に、高層ビルが立ち並ぶ。ヒルトンホテルで車を降り、都庁前を歩いた。休日のためか、その場所は人通りは余り無かったが、新宿駅南口に向けて歩き始めると、もう、人、人の群れだ。

 傍らを歩く人の声が聞こえるのだが、中国語、韓国語ばかりのような気がした。一体、この町はどこの国なのか。昔はこんなことは無かったのに。あまりの人ごみに、娘はやはり気持ち悪くなったようだ。人に酔ってしまうのだ。行き交う人々の群れの中で、自分の位置がわからなくなり、目が回ってしまうのだ。

 都会の人の群れ、無機的な表情のない、携帯電話を耳に押し当てながら、歩く人たち。昔と変わらぬ人々の営みかもしれない。だが、この異様なビルの群れは、墓標じゃなかろうか。



 

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2007年11月22日 (木)

家族会の代表は退いても

 優しそうなお父さんの顔は、テレビで見る姿と同じだった。テレビで見るより細い感じの少し華奢な感じの、しかし、凛とした奥様だった。この二人が、とてつもない悲劇の重荷を背負っているとは感じられない、穏やかな柔和な印象を持った記憶が残っている。

 北朝鮮による拉致被害者の家族会会長を務める横田氏と奥様を近くで見る機会があったのは、昨年だったと思う。みんなが仕事の手を休めて、二人を見にやってきた。ご夫妻が近づくと思わず見学者の全員から拍手がわき、花束が贈られ、「頑張ってください」の声がとんだ。

 お二人には、拉致問題が風化しないために自分たちがメディアに多く顔を出すことを宿命として感じているようなところがあると思った。横田滋さんは、10年間にわたって続けてきた拉致被害者の家族会の代表を明後日の24日に退任することになっているそうだ。

 時々テレビに映る昔のご家族の写真を拝見すると、さすがに歳を重ねたことは否定できない。日本各地だけではなく、海外にも行き、拉致問題の解決を訴えるには、あまりにも重労働だ。横田滋さんは「代表を退いても拉致問題への関心を高め続けるため活動していきたい。代表が代わっても家族会の活動が変わることはない」と述べ、めぐみさんの母親の早紀江さんは「平和な世の中に拉致という現実があることを真剣に考え、国際的に1つになってメッセージを送り続けなければならない」と話した、とNHKニュースサイトは伝えている。

 北朝鮮と日本国と、そして世界政治の中で翻弄される拉致被害者の家族の心情に想いを巡らすとき、健康と健勝と一日も早く光明が見えることを祈らざるを得ない。北朝鮮に対して圧力を強めることが効果的なのか、あるいは和田春樹東大名誉教授のような意見が効果的なのか(世界12月号「安倍路線の破産と新朝鮮政策」)、結論は、当ブログには、あまりにも難しい。


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2007年11月20日 (火)

90円の五目そばと南海ホークスの帽子

 車で実家の町を過ぎる。駅前の交差点のところに、「この物件、貸します」の看板が出ている店を見かけた。昔、そこには食堂があった。

 小学生の頃、もう今から50年近くも昔。母と妹と、その食堂に立ち寄ったことを覚えている。昔は外食などと言うハイカラなことはなかったので、今でも、はっきりと覚えているのだ。なぜ、その食堂に行ったのかはわからない。

 確か、支那そばを食べた。ラーメンなどと言う言い方はしなかった。たしか40円か50円程度だったと思う。品書きには、五目そばは90円。卵や肉や色とりどりの食材でできた五目そばはうまそうだったが、「支那そばでいい、ね」と財布の中を見ながら言う母の言葉にうなずいて、支那そばを、おいしく食べたのを思い出す。その時の店の主人、おかみさんはどうしているのだろうか。

 その近くには○○洋品店というのがあった。この店も最近、つぶれてしまった。今はもう跡形も無い。小さな町の老舗で、ちょっとしたおしゃれなお店だった。昔は、お正月に新しい洋服を買ってもらうのが楽しみだった。近所の子供たちと、お正月に遊ぶとき、みんな、あたらしい服を着ていた。洋服の新しさが嬉しくて、たこを揚げ、風の中を走り回った。

 私は小さい頃「頭でっかち」と呼ばれていた。その洋品店で売る野球帽には、なかなかサイズが合うものがなかった。当時は、読売ジャイアンツのマークが入った帽子が多かった。自分もみんなと同じジャイアンツの帽子が欲しかったが、サイズが合うのは、南海ホークスのマークの入った帽子しかなかった。仕方なくそれを買ってもらったが、金歯を入れた店のご主人が「南海だって、つえーんだぞ」といって慰めてくれた。杉浦投手が活躍していた頃だから、確かに強かったのである。それからというもの、不思議なもので、南海を子供心に応援するようになり、その帽子がとても気に入ったのを覚えている。

 みんな遠い昔のことだ。今は自分の記憶に残るだけだ。大型店舗の進出に押され、昔ながらの商店街は歯が欠けるように、消えていく。

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2007年11月18日 (日)

ねじれ国会は不自然ではない。

 衆院と参院で多数を占める会派が異なることで、「ねじれ国会」と呼ばれているが、それは決して悲観すべき状況ではない。

 民主主義は効率を求めない。民主主義は「非効率」であり、民主主義を否定する考えも容認する。効率性を求めるならば全体主義の政治体制を作ればよい。元首の鶴の一声で政策が進められるなら、これほど効率の良いことはない。

 ねじれていない国会は、確かに法案成立はスムーズに行くだろう。そのことが皮肉にも「参院は無用の長物」と言わせ、一院制で良いという議論が出てきてしまう。今の状況は国会の機能の活性化にとっては悪くない。政権担当能力が与党、野党の双方に問われる。民主主義は合意形成に向けた過程の中に見出されるものだ。

 中曽根政権や小泉政権は大統領的なトップダウン方式による政策実行を目指した。安倍政権もそれを見習おうとしたが、それを実現するだけの政治家としての力がなかった。未熟だった。その反動で、調整型の福田政権が誕生し、自民党は政権を維持している。前者の政権は多数派支配型で、福田政権は合意形成型である。振り子理論により自民党は政権を維持してきたが、今回もそれが当てはまる。

 福田首相の政策は、どちらかというと民主党的な位置づけと同じである。リベラルであり、ハト派である。一見すると低姿勢である。かつての55年体制と同様、国会ではなく裏面の談合で行われることが多くなるかもしれない。福田政権に対しては、右派、保守派から批判が多い。ただ、安倍政権崩壊により右派は表面では、当分おとなしくしていることになる。政権そのものを離脱したくないから。定見、確固たる信念や国家観がないという批判が右派から多いが、意外としたたかに長期政権になる可能性がある。

 民主党は福田政権との違いを強調することが出来ず埋没する。埋没しないようにするために先鋭な対立へと持ち込もうとする。その場合、政権担当能力を問う、とする「世論」で追い詰められる。民主党は分裂の危機を内包する。衆院選で過半数を取る力はない。ゆえに大連立構想により政策実現を試みようとした。かつての55年体制は、水面下での連立政権だった。小沢代表は大連立構想によりその政治生命を縮めた。

 次回衆院選で、自民は議席を減らすが過半数を割ることは無い。三分の二条項の行使ができなくなり、現状に比べ、にっちもさっちも行かなくなる。すると第3極がキャスティングボードを握る。解散は当面ない。解散までに参院で与党による切り崩しが始まる。まずは国民新党が崩される。

 参議院で首相の問責決議案が可決された場合、衆議院を解散することはない。参院で問責決議案が成立したら、衆院で信任決議を行えばよい。問責決議には法的拘束力は無い。

 三分の二の再議決は伝家の宝刀と言われるものではない。衆院と参院での違いを想定して設計された制度である。憲法上要請された制度である。

 政治改革という名のもとに、中選挙区制を小選挙区へと選挙制度を変更した。日本の政治には中選挙制度の方が適している。敢えて2大政党制にする必要は無い。カネがかかる、かからないは選挙制度には関係ない。小選挙区制になって政治とカネの問題が解決したとは思えない。解決に向かう方向にも動いていない。さらに多様な意見を民意として国会に反映させる制度として、小選挙区は不向きだ。小選挙区制により政権交代が行われやすくなると言うロジックもどこかおかしい。下手をすると独裁への道を開く。

 かつて、熱に浮かされたように政治改革が唱えられた。政治家だけでなく、記者出身のコメンテイターがしたり顔で政治改革という名の小選挙区制を推し進めた。抽象的な概念が振りかざされる時の危険性を認識する必要がある。

 「世界」12月号(岩波書店)の論文「福田首相の研究」座談会「いま、参院はどうあるべきか」を読みながらの脈絡の無い独り言。

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2007年11月17日 (土)

ちりとてちんの男たち

 妻と娘も、私も「ちりとてちん」を毎日欠かさず見ている。
妻が昨日、「このドラマは男が素敵なのよ」と言った。今日17日の放送を見ていて、それが納得できた。

 草若(渡瀬恒彦)の元でかつて修行に励んだ4人の弟子たち。ようやく4人の心がひとつになって落語会が開かれることになった。最初は出席を拒んでいた師匠の草若も糸子(和久井映見)の、そこぬけの「天然」に引きこまれて、観客席に。

 草若の息子であり弟子の子草若。与えられた演題をせずに、涙ながらに父に最初に教えてもらった寿限無(じゅげむ)を、ただひたすら無骨に演じる。突然の演題変更に驚き、泣き崩れて落語会にならない事態に。なすすべもない他の3人の弟子たち。落語会は失敗かと思われたとき、徒然亭一門の復活を願う弟子たちの想いが師匠に伝わったのか、ついに、草若が高座に。3年間、道に迷ってしまったと言いながら、愛宕山を演じる。それは、和田家にとっては、いつも祖父が聞いていたカセットから流れる落語だった。

 それぞれの心、想いが凝縮されて濃密な15分間だった。師匠を慕い、落語をあきらめ切れなかった男たち、父に反発しながらも結局、父の偉大さにおののき、それを超えようとする息子。職人の祖父の存在感を改めて認識する和田家の人たち。

 「これは男たちのドラマかもしれないな」と妻の指摘に納得した。

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2007年11月15日 (木)

母は哀し

 妻の母が歌舞伎見物にでかけた。
母は骨粗しょう症だ。まだ70歳を少し超えたばかりだが、腰が曲がり始め、やせている。最近とみにやせたように思う。親類と外出したのだが、50メートルも歩くと息を切らし、もう歩けないと言って、親類を驚かせたと言う。かつて、一緒に行った時には、そんなことはなかったのだ。

 親類が心配して妻に電話をかけてきた。急遽、医者に行くことにした。親は子供に自分の老いた姿を見せたがらない。心配をかけさせまいとする。

 「大丈夫だよ、大丈夫だよ」そう語る親の気持ちが哀しい。


 


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2007年11月12日 (月)

桶狭間の戦い

 11日の大河「風林火山」、なかなか見ごたえがあった。先週あたりから鬼気迫る勘助だ。加えて今川義元の母・寿桂尼を演じた藤村志保が母の顔と「軍師」の顔を見事に演じた。今川義元の油断とスキを見事についた武田と織田の謀略に見入った。

 以前の大河「武田信玄」では、山本勘助を西田敏行が演じた。最近は「ふくまる旅館」のだんな役で、いささか軽い演技を見せているが、西田が演じる勘助は寡黙で、怜悧な目で信玄を補佐する男だった。

 今川義元を演じたのは確か、中村勘三郎だったと思う。桶狭間にある陣屋の中で「天には天の苦労があり、地には地の苦労がある」とか言いながら、酒を飲むシーンがあった。その直後、雷鳴とともに織田兵が突如として現れ、立回りの後、落命するのである。その陣屋で今川義元が休憩していることを、勘助が織田方の「間者」に知らせるような設定だったと思う。雨が激しく降るなかを、去っていく蓑傘姿の勘助がいた、と思う。迫力があり寂しさがあり、裏方に徹する男を見事に表現していた。

 今回もやはり勘助の陰謀を前面に出した物語にした。今回は鉄砲に撃たれる設定であったが、激しい雨のなかでの火縄銃は、面白い解釈ではあるが、やや無理があるような気がしないでもない。

 いよいよ物語りは終盤にむけて一気に展開する。知恵と謀略で生き延びてきた勘助が、それを敵に読まれた時の悲劇を、どう表現するのか最終回まで、目が離せない。

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2007年11月11日 (日)

石破大臣の考察を読む

 かつて当ブログでは国連について簡単な記事を作成した。「世界」(岩波書店)12月号で、先月号の小沢論文に対する感想や意見を読んでいたら、石破大臣の論文に国際連合について書かれている一節があった。

要約すると;

国連はいつから世界政府になったのか。

(国連は)第二次世界大戦の戦勝国の集まりである。

死文化しているとはいえ、現在でも敵国条項が残っている。

国連がオーソライズすれば国権が消えると言うのはありえない。

 国連について過剰な期待を持たないほうが良い、ということかと思う。同感である。

なお、このほかにも、国際法学者、元内閣法制局長官、ジャーナリストなどがそれぞれの立場で小沢論文について意見を述べているが、熟読し自身の考えを整理していこうと思う。

 通読した限りでは、国際法学者と元内閣法制局長官の論文に興味を持った。テレビニュースでテレビ局により編集された短いコメントからは真意が伝わってこないと言うのが、これらの小論文を読むと、つくづくと良くわかる。活字の文章が、じっくりと自分自身で考える素材を提供してくれる。

 

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2007年11月10日 (土)

初期の判断ミス

 産経新聞のサイトで、ようやく、関東学院がまともな処分を決めたことを知った。当初の処分内容は自分に甘い判断であったと思う。いくら他の部員は関係ないとは言え、チームの不祥事を全員で共有する必要がある。まして、ラグビー選手だ。連帯責任をとることが必要だ。個人の問題として済ませられることではない。最初の判断はいかにも甘い認識だった。住居はラグビー部用に準備した部屋だ。事態の重大性に気がついていなかった。あるいは、おごりがあった。対外試合を自粛すると2連覇が出来なくなることへの未練があったのだろう。

関東学院大のラグビー部員2人が大麻を栽培し、大麻取締法違反の現行犯で神奈川県警に逮捕されたとして、同大は9日、全国大学選手権など来年3月までの今 季残りの公式戦を辞退し、事実上決まっていたリーグ戦の優勝を返上することを明らかにした。同大はラグビー部の春口広監督に、3カ月の活動停止処分にする とともに、逮捕された部員2人の退部も決めた。(=産経新聞サイトから引用=)

 もうひとつ。食品不正表示の「船場吉兆」も当初は本社の組織的関与を否定していたが、結局、そんなことはありえず、代表取締役の辞任に発展した。初期の対応ミスでダメージは広がるばかりだ。担当者以外は知らないという下記の記事を読んでみても、信じられない。

「指導管理の甘さがあった」としながらも、「担当者以外は知らなかった」と、一連の偽装に関する組織的な関与を改めて否定。「JAS(日本農林規格)法への認識が甘かったというほかない」と述べた。新たに明らかになった牛肉の産地表示偽装については、「但馬牛の納入が追いつかず、品質に遜色(そんしょく)のない九州産を使った。本店の仕入れ担当社員だけが知っていた」と釈明。(産経新聞のサイトから引用)

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2007年11月 9日 (金)

10年後の娘への手紙

 10年前、大学受験生だった頃。どの大学に行けばよいのかわからず、自分の行きたい大学と自分の実力が一致しないで、戸惑いや悔しさを感じる日々が続いた頃。

 たぶん、今は、それが懐かしい思い出になっていることでしょう。今日まで歩んで来た道を振り返ってみると、結局、毎日の積み重ねで今の自分があり、これからも、きっとそうなのだとの思いを強くして、心が疲れた子供たちに、少しでも安らぎを与えるべく、明日の準備をしていることでしょう。
 大好きだった「ゆず」も、相変わらず音楽の世界で活躍しているようです。ひょっとしたら、「ゆず」の音楽が大好きであることを理解してくれている「彼」と明日は久しぶりの食事の約束ができているかもしれません。

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2007年11月 7日 (水)

「腰抜け」とは正鵠を得ている

小沢氏を慰留する理由も部外者としてはよく分からない。そもそも、なぜ小沢氏が党首でなくてはだめなのか。民主党は、小沢氏以外は全員腰抜けなのか。小沢氏が党首でなければ選挙に勝てないと泣き言を並べているようでは、民主党は次の衆院選には勝てないだろう。(産経新聞サイトから引用)

 産経新聞のサイトで見つけた五嶋記者のコメント。その通りだと思う。今日の小沢代表の辞意撤回の記者会見のニュースを見ていて、「民主党頑張れ」と思った有権者はほとんどいないのではないかと思えた。これでは、国民はどうすればいいのさ、と思えてくる。

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2007年11月 6日 (火)

なんでこうなるの?

民主党の小沢一郎代表は6日夜、鳩山由紀夫幹事長らに対し、辞意を撤回することを伝えた。鳩山氏らが続投を求める意見が党内の大勢を占めていることを伝 え、改めて翻意を促したところ、小沢氏は「恥をさらすようだが皆さんの意向を受けて、ぜひもう一度頑張りたい」と慰留を受け入れる考えを表明した。4日か ら続いた小沢氏の辞意をめぐる混乱はひとまず決着がついた。ただ、党内には小沢氏への批判も強まっており求心力低下は必至。民主党が受けた痛手は大きく、 当面の政局は与党主導が強まるとみられる。(毎日新聞サイトから引用)

 小沢一郎代表はいったいどうしてしまったのだろう。小沢氏に対する評価も民主党に対する評価も高まることは決してない。一度、辞意を表明したら、もうその時点で、おしまい。一般の企業だって、やめると表明したら、もう戻れないのだ。すぐに戻れるほど、甘いものではないだろう。政治家の発言の軽さが、またしても出てしまった。小沢氏だけは、こういうことはしないと思っていたので、残念だ。
 民主党もだらしない。やはり、人材不足だな。

「辞めるといった人に辞めないでとすがりついたら、個人崇拝のあやしい党だと思われても仕方ない」と言う声が民主党の中にもあるそうだ。

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2007年11月 5日 (月)

民主党の人材不足

 小沢代表の辞任表明で民主党は解体への過程を進む。与党だけでなく、民主党も行き詰まりだったはずだ。そもそも夏の参院選で民主党は議席数を伸ばしたが、あくまでも敵失である。民主党に政権をゆだねようとしたのではない。勝ったのは、民主党の基礎固め、根っこがゆるぎないものになった、からではない。まだまだ風頼みである。そこは、4日の小沢氏の指摘は正しい。次期衆院選で、民主党がそれほど議席を増やすとは思えない。民主党員は浮かれすぎである。
 つい最近、民主党の県議会議員の「軽さ」を近くで見たが、政治家というよりミーハーおばさんだった。あるパーティーでの出来事だが、保守政治家のサインをもらって嬉々としていたのである。地方を支える県議会議員がこれでは、小沢代表が「若い」と嘆くのも無理からぬことだ。
 自民党の政治家がすべて見識があるとは言わないが、少なくとも政権交代を目指す政党にしては民主党に力を感じることが出来ない。自民党を上回る力量を身につけなくてはならない。
 民主党だけでなく、自民党も含めて再編することが必要だと思う。それが小沢氏の狙いでもある。小沢氏は論理的な思考方法の持ち主だ。もはや慰留しようなどと思わないほうが良い。鳩山氏は甘いように見える。次の代表を早く打ち立てることだ。そして、はやく小沢氏の「幻」を断ち切ることだ。だが、その後継者が見当たらない。

 

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2007年11月 4日 (日)

喉もとすぎれば。

 亀田一家を放送すると視聴率があがるのかどうかしらないが、亀田選手のメキシコ応援の話題がニュースになっている。
 もう免責されたのだろうか。民間放送の節操のなさが良くわかる「今週のニュース」だった。

 何の総括もせず、否定的な教訓を得ようともせず、ひたすら視聴率アップを目指すテレビ。コメンテイターとして、それにぶら下がり、結局は大衆やテレビ局の都合のよいような意見を物知り顔で言い放つだけの泡のようなタレント。そして、そう思いつつ「馬鹿なタレントだ。こいつ」と寝転んで思いながらぶらぶらして一日を過ごす私。

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2007年11月 2日 (金)

開幕のベルが鳴った。動き出した福田首相。

 参院選挙が終わった後、「民主党は敵失で勝った。小沢代表はそのことを十分認識しているだろうが、舞い上がっているのが党内には多いかもしれない。原理、原則を重視しリーガルマイ ンドを持つ小沢代表は首相の座を目指すのではなく、自民党を政権の座から引きおろし、覚醒させ、分裂させ、以って、政界の再編を政治目標にして欲しい。」と7月31日に当ブログで書いた(戦いすんで)。

 自民・民主の大連立の可能性は、福田首相、小沢代表ともに慎重な姿勢、あるいは拒否などと報じられていたが、今日になって、あわただしい動きがあった。
 どう考えても再編は必要だと思う。民主党は政権交代のみを第一義目標にすえていて、それが自己目的化し過ぎているように見える。根っこが十分に出来上がっていないように見える。お粗末な議員も多い。
 今後、6年間のねじれ現象では、閉塞感のみが広がるだけだ。「平成の石油ショック」がおきている現在、舵取りを誤るとこの国が壊れてしまう。大政翼賛会的な政治はごめんだが、政権交代が起こりうる状況が望ましい。

 今夜の騒動をどちらが仕掛けたのかわからないが、これは大きな動きの序曲に過ぎない。福田首相、守りから攻勢に転じつつある。

 

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