特集は小沢一郎民主党代表、軍事ジャーナリスト岡田俊次氏、東京外国語大学の伊勢崎氏、ジャーナリストの川邊克朗氏の論文とインタビューで構成されている。
今日午前8時から日本テレビの番組に中村哲氏が出席して、自身の活動内容の紹介とアフガニスタンの現状について発言されていた。説得力のある発言が多かったと思う。実際にアフガンの現場で、人々とともに医療活動だけでなく「食う」ために活動している人の意見は、重い。干ばつの影響で食えなくなっている人々をまずは食べられる状況にするために何を優先させなければならないか、がよく理解できた。鉄砲や弾薬では腹いっぱいにはならないのだ。
「世界」の伊勢崎氏インタビューにも「日本は右も左も現場の臨場感なしの国内論議」に終始していて、現場で活動している人たちの欲求不満が起きていることに理解を示している箇所があるが、番組に出演していた他のコメンテイターの意見を聞いている中村氏の表情にも同じような雰囲気を感じた。
小沢民主党代表は、国連中心主義と日米同盟は両立し、国連の平和活動は例え武力の行使を含むものであっても日本国憲法に抵触しない、と述べるが、しっくりと来ないものがある。
世界の平和を希求し国際社会での名誉ある地位を占めたいという憲法前文を実現するために不断の努力をすることは全く問題ないのだが、その実現過程では憲法第9条に制約されるのではないか。自衛権の行使にのみ武力行使が許されると限定的に解釈するのが自然で小沢代表もそう解釈しているのだが、それが国連の平和活動ならば容認される、という拡大解釈が理解できない。
国連の活動は普遍的なものなのかどうか。国連は世界政府ではない。単なる同盟関係の集まりではないのか。いまひとつ勉強不足でわかりにくい。「武器の使用も世界の常識に従うだけだ」との記述もあるが、世界の常識では武器使用が当たり前で法律制定の問題ではないのだろうか。確かに軍隊と警察は異なる法体系、法の指揮下に入るとは思うが、無法の中で活動できる、武器使用が許されるものでもないだろう。
毎日新聞紙上で小林節慶応大教授(憲法)は以下のように述べている。
湾岸戦争で小沢さんと同じような問題意識を持ち、小沢調査会で講演するなど協力したが、「国連の下では武力行使できるという解釈は無理だ」と当時伝えた。小沢氏は憲法前文で「平和を維持し、専制と隷従……を除去しようと努めている国際社会において名誉ある地位を占めたい」とうたっているから国連の
活動に積極的に参加するとしているが、この憲法は日本が戦争をあきらめれば世界は平和になるという前提で書かれた。つまり日本が非戦非武装を貫くことがこ
こでの「名誉ある地位」だ。憲法9条1項で「国権の発動たる戦争」という表現をしているのは、宣戦布告がなくても国家以外の集団による交戦でもすべての「戦争」を否定するた
めだ。「日本国権」と「国連権」を区別するためではない。小沢さんは国連理想主義だが、現実には世界中央政府のような国連は存在しない。正式な国連軍はな
く、実際には多国籍軍だ。そこに各国は自国の決断で自国の旗を立てて参加する。あくまでも国権の発動となる。従って国連による国際安全保障活動でも、日本
は憲法上、海外で武力行使はできない。
さて、この特集の中で、もっとも示唆に富み、ハッとさせられたのは、川邊氏の論文だ。とりわけ「国連は7月31日、安保理決議1769を全会一致で採択し、スーダンのダルフール地方へのPKO派遣を決定している。最大2万6000人を想定し、今月末までに現地に国連とアフリカ連合の合同部隊の司令部ができる。日本も日米同盟重視であれ、国際協調であれ、もはやこれに反対する立場にない」(世界174ページ)という記述以下は、ある意味で衝撃と自分の無知を知ることになった。
最近のテレビニュースを見ると、給油活動の映像とISAFの映像が交互に放送されるが、ISAFの活動は装甲車が走り、弾丸が飛び交いいかにも戦争状態であることを強調する。給油活動は単にガソリンスタンドのようだ。なんとなく国民世論も給油の方が安全で「仕方ない」という雰囲気がかもし出されていく。情報操作に見える。
なぜか急に浮上したこの時期の防衛庁幹部のゴルフスキャンダル。情報操作の甲斐なくそのこともあって新テロ特の不成立、それによるインド洋から撤退、その代わりのスーダンのダルフール派遣。まったくの推測だが、来月、福田首相は首相就任後初の訪米でそのことを約束するのではないか。小沢民主党も国連決議によるオーソライズされたダルフール派遣には反対できない。反対すれば自己矛盾となる。
汚い、キツイ、暗いの3Kを日本だけが避けていていいのか、と小沢民主党代表は語った。文字通り3Kの中で民生安定のために国際貢献している中村さんのような国民がいることを「普通の国」の国民として誇りに思い、見殺しにしないことがまず日本国としての政策ではないのか。
1945年敗戦以後もしくは自衛隊誕生以後、自衛隊員が「戦地」で負傷、死去したことはない。記憶に間違いなければ、紛争地域、あるいはそれに類似する地域で死去したのは民間のボランティアの中田氏と宮澤内閣当時にカンボジアに派遣された警察官だけである。
遠い異国の地、スーダンで自衛隊員に仮に死者が出たら、国策に殉じた隊員の慰霊が話題になるだろう。あらたな靖国問題だ。軍は暴走する、というのは過去の歴史が証明している。つい最近もイラクに派遣されたヒゲの隊長の発言が過去の関東軍を想起させるものだと批判された。
今、気骨ある政治家「後藤田正晴」はいるのか。
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