神戸新聞社のシステムトラブル
昨日のエントリー「新聞没落を読む」の中で新聞社の生産設備について触れた。現在の紙の新聞つくりには輪転機と新聞編集システムが不可欠であり、この機器の更新を継続しなければならない。神戸新聞社の新聞編集システムに重大障害が発生し京都新聞社に支援を求めた。
神戸新聞社(神戸市)は22日、紙面制作システムがダウンし、同日付夕刊(約25万6000部)と翌日付朝刊(約56万部)の制作を京都新聞社(京都市)に依頼して発行したことを明らかにした。輪転機などには異常がなく印刷は神戸新聞社で行った。両社は災害などによるシステムダウンに備え、94年1月に「新聞発行援助協定」を結んでおり、同協定に基づく制作依頼は、95年の阪神大震災以来2回目。ダウンの原因は調査中という。(朝日新聞サイトから引用)
この記事にあるように95年の神戸大震災の時、神戸新聞は大きな影響を受けた。その記録が一冊の本になっていて、だいぶ前に読んだことがある。その書籍の名前は忘れた。本の内容の記憶もおぼろげだ。しかし、神戸の人たちに支えられた神戸新聞の様子がよくわかった。それに比べ、ここぞとばかりに部数拡張をもくろんだ大手紙のえげつなさも。
当時、神戸新聞社の新聞編集システムは富士通のそれを使っていた。ほとんどすべてが富士通の製品で、汎用機を中心にしたいわゆるホスト中心型のシステムだった。出力系が松下電送の製品だった。
富士通や松下電送の関係者が、システムの一日も早い復旧のために、それこそ寝食を忘れて機器の手配、システムの再構築を行った様子の記述があった。なにしろ、神戸市内に入ろうにも交通が遮断されていて、その作業は困難を極めたようだ。
メインフレームのシステム構築は時間がかかるのが一般的で、新聞製作専用の機器の手配も並大抵な苦労ではなかったと思うが、わずか1週間程度で完全復旧とまではいかなくとも、新聞編集が出来るようになった。
システムの復旧までは、今回と同様、京都新聞社が支援した。京都新聞社も新聞編集システムは富士通製を使用しており、京都へ派遣された神戸新聞記者は日頃使い慣れている機器を操作した。
震災から数年経過した後、時期はいつか不明だが、神戸新聞社は新聞編集システムの更新投資をしなければならなくなった。新しいシステムベンダーは富士通ではなく、日本電気や東芝などのマルチベンダーとなった。あの震災の時の富士通、松下電送の「働き」を知る者にとっては実に意外な選定だったそうだが、神戸新聞社には神戸新聞社の事情があったのだろう。富士通に対して遠慮して何も言えなくなってしまった状況を変えようとしたのかもしれないし、それこそ部外者には良くわからない。もちろん震災から復旧後のことなので、本の記録にも書かれていない。
ということで、今回の障害を起こしたのは日本電気の組版システムだ。オラクルDBの「閉塞」が発生したのかもしれない。日本電気の組版システムを使用している他社でも、DBの閉塞は発生している。だが、今回ほど大きな障害にはなっていない。
新聞協会のサイトを見るとわかるが、この10年間で新聞製作に関わる従業員総数は1万5000人から5000人に減少している。1万人の減少の理由の一つはこの新聞編集システムの進化による合理化、省力化と思われる。
マルチベンダー、PC中心のシステムは、メインフレーム中心のシステムとは違ってユーザーシステム部門にとっては、やっかいな事も多いと聞く。また要員の減少の中で十分なスキルアップの時間がとれず、システム全体に目配りが出来ないのではないかと推測される。各ベンダー間の障害の切り分けもだ大変だろう。
機器に故障はつきもので、システムにバグはあるのが当たり前の世界だが、相互支援協定の発動にまでなったのは、まれな事故だろう。これだけ報道されるのだから。
いずれにせよ、速やかな復旧が行われることを願わずにはいられない。
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