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2007年9月

2007年9月30日 (日)

法務大臣の発言

 ここ数日、再度、鳩山法務大臣の発言がメディアをにぎわせている。兄の鳩山民主党幹事長をも巻き込んでいる。
 8月29日に「法務大臣の責務」と題するエントリーで鳩山法務大臣の発言について感想を書いた。今回の発言についても基本的にはこの時の感想と大きくぶれない。
 国民新党の亀井氏は「人間の命を機械みたいにボタンを入れておけば次から次に殺されていくようなイメージで扱っていいのか」と批判しているが、確かに、ベルトコンベアーで自動的に死刑とか、乱数表を使って死刑執行を決める、との表現はいかにも行き過ぎではある。
 しかし、大臣によって執行命令があったりなかったりする現状は、どうみてもおかしい。恣意的判断を最も嫌うのが刑法、刑事訴訟法の世界ではないのだろうか。法務大臣の責務を忠実に実行し範を垂れれば良いのである。

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2007年9月29日 (土)

めでたしめでたし

 NHK朝の連続テレビ小説「どんど晴れ」も最終回。
半年間なんてあっというまだ。BS2で7時30分からの放送を見る。

 すべては「おもてなしの心」で問題解決。笑顔と人を信じる心。
最終回はすべてめでたしめでたしでおしまい。
 本当にこんな旅館があったら、かえって窮屈だろうなとは思いつつ、主人公の和服姿に惹かれて見入ってしまった。 最後は「ハゲタカ」のドラマになったが、こちらの老舗旅館は土曜ドラマとは違い、すべて課題は解決、笑顔の幕切れになった。

 同族会社の加賀美屋の株を秋山某が3%取得した時、この株主の正体を見破ることができなかったのだろうか。そもそもなぜ取得できたのだろう。新館の建て替え資金はどうしたのか、新しい仲居が増え、さぞかし人件費もかさむと思うが、ダイジョウブ?などなどと思ってしまうが、素直に若女将の笑顔に見とれていればいいのだ、キット。

 素直な心の持ち主には、きっと笑顔の座敷童子が見える。大人の民話だったかな。この「どんど晴れ」は。月曜日から、少し寂しくなる。

 このドラマの脚本家小松江里子氏は再来年の大河「天地人」の脚本を担当する。こんどは、「おもてなしの心」ではなく、テーマは「愛」ですか。「利を見て、義を聞かざる世の中に、利を捨て義を取る人」直江兼続の生涯をどう描くか楽しみにしています。

 

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2007年9月28日 (金)

(続)神戸新聞社システムトラブル

 神戸新聞のサイトに過日の障害原因の報告が掲載されている。

 過日のエントリー(神戸新聞社のシステムトラブル)で「オラクルDBの「閉塞」が発生したのかもしれない」と原因の推測を試みたが、当たらずと言えども遠からずだった。「不具合を回避する手順も想定されていなかった」との記述があるが、発生確率が極めて低いとしても、随分お粗末な話だ。なお、他の新聞社でもオラクルDBの障害があったと書いたが、この時は共同通信社の記事受信が不可能になった。もちろん部外者には詳細は不明で軽率なことは言えないが、DBを再編成し直し対応したようだ。

 神戸新聞サイトの報告によれば、オラクルDBのバグと断定しているが、本当に、それだけだろうか。新聞編集のシステムはより速いレスポンスを要求されるはずだが、そのために日電独自の開発を行っていないのだろうか。DBからの素材読み込みと書き込み時間の短縮は永遠の課題だろうから。性能向上や何らかの機能追加が障害を引き起こす要因にはなっていないのだろうか。「神戸新聞社の組版システムはNECが開発、オラクル社製品のサポートも行っている」との文章は何かオラクルDBだけではなく日本電気にも問題があるかのような印象を受ける。NECの組版システムはLinuxをOSとしているはずだが、そのことは関係ないのだろうか、と門外漢が推測すればきりがない。

 Windows、オラクルなど数が売れていると言う意味での汎用的な製品は日本電気だけでなく、富士通、東芝などの新聞編集システムでも使用されており、今回の問題は他のベンダーの商品でも発生することを示している。いや、なにも新聞業界だけの話ではない。オラクルDBを使ったシステムはすべて問題ありということになる。

 オラクルは修正版を提供するそうだが、往々にして、レベルダウンや他のPPとの整合性が取れないことがあるので、十分な動作検証が必要だろう。ところで、オラクルはすべてのオラクルユーザーに修正版を提供するのだろうか?もし、そうでないとすれば、今回の障害はオラクルだけでなく日本電気にも問題があったと言えないか?

 メインフレームを使ったかつてのシステムは、IBM互換方針の国産メーカー独自のOSや一般的なDBだった。VSAMなどのファイル編成方式を使っていた。今はすっかり米国の傘下に入ってしまい、首根っこを牛耳られている。今回の障害の損害賠償はどうなるのかわからないが、米国オラクルを相手に交渉は難しいだろう。結局、日本電気が責任をとるのだろうか。

 昨日の富士通のプレスリリースによるとメインフレーム部門を分社化するそうだ。その意図を以下のように言っている。(富士通サイトから引用)

当社は、メインフレームの黎明期からハードウェアの発展と共に長年にわたり蓄積してきた技術、ノウハウを活かし、お客様のミッションクリティカルシステムを中心とした基幹システムの中核を構成するメインフレーム系基盤ソフトウェアの開発・保守を行なってまいりました。しかしながら、いわゆる2007年問題として認識されているとおり、お客様、当社双方に共通して有能なキーマンの引退による開発・保守に関わるスキル・ノウハウの低下が懸念されております。このような状況に鑑み、メインフレーム系基盤ソフトウェアの開発・保守を中心とした長期的かつ安定的なサポート・サービスをお客様に提供していくため、新会社を設立し、スキル・ノウハウを維持・伝承するしくみを構築いたします。

 メインフレームの世界がすべて良いとは言えず問題があるのは当然としても、昨今の米国一辺倒・依存のシステム構築は、見直す部分がありはしないだろうか。

 話が横道にそれたが、今回のような障害が発生した時、予備系や従系と呼ばれるバックアップシステムはなんと役に立たないことだろう。ハード障害の時に役にはたっても、こうしたソフトのバグの時はほとんど役立たない、と考えたほうが無難だ。レプリカ機能で本番系と予備系のDBの同期を取ることが、結果的には被害を拡大している。ならば、あえて予備系として別のサブシステムを構築して置くか、予備系を電源停止して置き、万一の場合は一日前のデータで起動させる方法の方がイザと言う時には心強いかもしれない。

 1995年の阪神大震災を契機として、神戸新聞社と京都新聞社の協定を参考に、新聞業界では新聞発行継続のための相互支援協定を締結し、緊急時に備えた社が多いという記事を雑誌で読んだことがある。
 奇しくも今回の神戸新聞のシステムトラブルで、その締結した災害協定の見直し、訓練の実施をするる社が多いのではないか。
 だが、汎用的なデータ形式やネットの普及で、そうした訓練が12年前よりも便利になったことを感じながら、他方、新聞製作部門が弱体化してしまった現実に愕然とするのではないか。新聞製作を支える部門のスリム化が経営的にメリットをもたらしても、人員の余裕がないことが緊急時には大きな危険・危機であることに、気がつくことだろう。
 かつて新聞製作の要員が行っていた作業を新聞記者や整理記者が行うことになった現実がそこにはある。

 *新聞編集システムの黎明期については「メディアの興亡」(杉山隆男著)が大変参考になる。またその後については「勝負の分かれ目」(下山進著)が実に面白い。


<< 神戸新聞社の障害原因報告(全文) >>

 神戸新聞社の紙面製作システムに22日、障害が発生した原因について、システムを開発した日本電気(NEC)と、日本オラクル両社は28日、データベース(DB)ソフト「オラクルデータベース」にプログラムの不具合(バグ)があったと発表した。同ソフトは大規模な商用サービスなどに世界で最も多く使われ、国内の新聞社の多くも採用している。日本オラクル社は米本社に障害を報告。バージョンアップまたは修正プログラムでの対応を検討する。

 不具合があったのは、DBの起動時に履歴データと現在のデータを照合して不一致がないかをチェックする部分のプログラム。データを効率的に検索するために一時的につくられた分析用のデータは、履歴データと一致しないことが想定されるにもかかわらず、プログラムはデータの不一致をエラーと判断、起動できない構造になっていた。不具合を回避する手順も想定されていなかった。

 日本オラクル社によると、今回のようなデータ不一致と、DBソフトの特定の手順での終了から再起動にかけての一連の動作が、同時に発生することは極めてまれで、これまで深刻なトラブルが発生した事例が世界で報告されておらず、原因究明が遅れたという。

 障害が起きた組版DBは、記事、写真などの情報を蓄積し、紙面に編集するコンピューターに呼び出したり、組み上がった紙面の情報を保管したりするためのデータベース。神戸新聞社は、組版DBを含めて全システムを多重化するなど万一のトラブルに備えた体制をとっており、DBのデータも二重化していたが、データの不一致も両系統で発生していた。

 神戸新聞社はNEC、日本オラクル両社に早急なプログラム修正を求める一方、再発防止へ危機管理体制の再構築を検討している。

 オラクルデータベース 米・オラクル社が開発・販売するデータベースソフト。製造、小売、金融、通信など世界中のさまざまな業種の企業や研究機関などで最も多く使われている。国内では日本オラクル社が販売、サポートし、多くのIT企業が同社の製品を自社開発のシステムと組み合わせている。神戸新聞社の組版システムはNECが開発、オラクル社製品のサポートも行っている。

関連 潜在的な障害

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2007年9月27日 (木)

甲斐の山々

 10日ほど前、新宿駅から「あずさ13号」に乗って山梨の大月へ向かった。時間にして1時間余り。新宿の高層ビルがだんだんと小さくなって行く。八王子を過ぎ、やがてトンネルを抜けると先ほどまでの都会の風景が一変し、山々に囲まれた風景の中を列車は通り抜けていく。
 大月で降りると、今度は富士急に乗り換える。フジサン特急3号だ。目的地までの特急料金は150円。車両は3両。1号車は風景が良く見えるように展望車になっている。2号車には6人用の個室が備えられている。個室利用は1000円。
 2号車は混雑していたので3号車に乗り込む。シートがとてもゆったりしている。前の席との間隔がこんなに広くていいのか、と思えるほどだ。
 この列車の車体にはさまざまな富士山のイラストが描かれていて、なんとも愉快な気にしてくれる。富士急に乗るのは今回が初めて。新宿から箱根行きの小田急ロマンスカーを想像していたのだが、ちょっと違った。とてもローカルな味がする。
 大月を発車してからすぐに進行方向の右側に富士山が見えてくる。裾野が長い富士山ではなく、甲斐の山々の間から、8合目から頂上までの姿を見せてくれる。富士山が近いのだと思わせる姿だ。
 フジサン特急に乗ること約20分、目的地の都留文科大学前に到着した。駅を降りとすぐに目の前に同大学の校舎が目に入った。新宿駅を10時30分に出発したが、到着したのは丁度、正午。娘が「おなかかすいた」と言うので食事をとることにした。
 駅から出て右側にあるレストランに入る。信玄餅などの和菓子や土産品を販売している店だが、なかなかきれいな店構えだ。おにぎりを注文したのだが、とてもおいしかった。値段も手ごろだ。着席すると手製の箸置きを店員さんが目の前に置いたが、この箸置きは持ち帰ってもいいということになっていて、記念に頂戴した。ちょっとしたアイデアである。
 店員さんも愛想がよく好感が持てた。そう言えば駅の改札の女性も柔和な顔をした人だった。静かで何もないところだ。つい一時間半前の新宿駅の雑踏を思えば、静かでやさしい風景だ。大学の守衛さんも、心得たもので、こちらの様子を見て、大学案内の封筒を渡し見学の許可を出してくれた。
 娘は、人に酔うのだ。大勢の人の中にいると気分が悪くなるようだ。どこか静かなところで、山々に囲まれて大学生活を送りたいと言うのが希望だ。
 そこで、この都留文科大学の見学にやって来たのである。娘は実際に大学を見学し、そのキャンパスがある町の風にふれて、さらにこの大学への興味と希望を強いものにしたようだ。娘は中学時代のある時期、いじめられた経験を持つ。上履きを隠されたり、昼食のパンに針をさされたりしたこともあったと聞いた。妙に元気にしている時があったが、その影でそんなつらい思いをしていたとは、男親の私はまったく気がつかなかった。
 この静かな町の、甲斐の山々に囲まれたキャンパスで、静かに勉学に励みたいと言う娘の願いがかなうことを祈るばかりだ。


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2007年9月24日 (月)

安倍首相は議員辞職、政界引退を。

 今日、午後5時からの記者会見を見る。
言葉に力はなく、憔悴している様子が映し出された。一議員として今後も政治活動を継続したいと述べたが、政界を引退され健康回復に努めたほうが良いと感じた。

 政治は結果責任だ。
辞任の時期を間違えたのは致命的な判断ミスである。国会を空転させた責任は、議員辞職、政界引退に値する。危機管理上も代理をおかず、危機を拡大した。

 今日の会見でも、実は自身の健康問題が辞任の一番の理由であったと語ったが、これも今となっては言い訳としか聞こえず、小沢代表との党首会談ができなかったことを理由とした説明が、とってつけたものであることが明らかになった。
 記者の質問に対して、相変わらずポイントがずれた回答をする場面もあった。嫌な質問をさらりとかわす昨日の福田新総裁の回答方法と比較すると、安倍首相の未熟さを感じた。

 安倍首相の幼少時代の家庭教師である平沢議員は次のように述べている。

 平沢勝栄衆院議員は「国会が事実上開かれず、どれだけ国民に迷惑をかけたか」と政治の混乱と空白に言及。「(安倍首相は)今日も来なかった。それだけお体が悪いのなら、臨時代理を頼むと言えばいい。最後の大きな失敗じゃないか」と苦言を呈した。(毎日新聞サイトから 2007年9月23日)

 ところで、一番知りたかった安倍首相の脱税疑惑に対して、記者から一言の質問もでないのはなぜか。安倍首相が辞任する、しないにかかわらず、きちんとしたけじめをつけなければならない問題のはずである。

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国連は錦の御旗ではない

 テロ対策特別措置法に代わる新法案が検討されることになりそうだが、問題点を整理するために「国民のための戦争と平和の法」を本棚から取り出して読み始める。

 この本は色摩力夫氏と小室直樹氏の共著。1993年に刊行された。当時カンボジアで亡くなった中田氏についての報道が世間をにぎわしていたが、この本はそもそも国連とは何なのだろうかを整理する意味で購入したもの。学生時代、国際法のゼミで国連について勉強したはずだったのに、全く、基本的な理解が出来ておらず、この本により国際法、国連について多少なりとも本質的な部分を理解できた。読み返してみる。

 この本の中で色摩氏は、国連の本質を見抜くための着眼点として以下の6点をあげている。

 1)第二次世界大戦後の現状を維持するために連合国側が作った国際機関である。
 2)米国主導の下に設置され大国一致の原則で運営されている。
 3)ユニバーサルな機関ではない。
 4)国連は世界連邦政府の第一歩ではない
 5)各加盟国が一般的な政治的了解を模索する場であって、それ以上のものではない。
 6)国連憲章は戦争を否定していない。

 昔、「国連なんて田舎の信用金庫の会議と同じ」とかなんとか言って詰め腹を切らされた大臣がいたような記憶があるが、今思うと、国連を錦の御旗にする滑稽さをうまく指摘していたのかもしれない。

 テロ特をめぐって最近、安全保障理事会の「感謝」の議決がおこなわれたり、小沢民主党が国連中心主義外交堅持の観点からテロ特の延長に反対したりと、国連についてきちんと理解していないと判断できないニュースが多くなった。この書籍はその時の参考にはなる。また、軍隊と警察の本質的な差異などの指摘もあり勉強になる。


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2007年9月23日 (日)

神戸新聞社のシステムトラブル

 昨日のエントリー「新聞没落を読む」の中で新聞社の生産設備について触れた。現在の紙の新聞つくりには輪転機と新聞編集システムが不可欠であり、この機器の更新を継続しなければならない。神戸新聞社の新聞編集システムに重大障害が発生し京都新聞社に支援を求めた。

 神戸新聞社(神戸市)は22日、紙面制作システムがダウンし、同日付夕刊(約25万6000部)と翌日付朝刊(約56万部)の制作を京都新聞社(京都市)に依頼して発行したことを明らかにした。輪転機などには異常がなく印刷は神戸新聞社で行った。両社は災害などによるシステムダウンに備え、94年1月に「新聞発行援助協定」を結んでおり、同協定に基づく制作依頼は、95年の阪神大震災以来2回目。ダウンの原因は調査中という。(朝日新聞サイトから引用)

 この記事にあるように95年の神戸大震災の時、神戸新聞は大きな影響を受けた。その記録が一冊の本になっていて、だいぶ前に読んだことがある。その書籍の名前は忘れた。本の内容の記憶もおぼろげだ。しかし、神戸の人たちに支えられた神戸新聞の様子がよくわかった。それに比べ、ここぞとばかりに部数拡張をもくろんだ大手紙のえげつなさも。

 当時、神戸新聞社の新聞編集システムは富士通のそれを使っていた。ほとんどすべてが富士通の製品で、汎用機を中心にしたいわゆるホスト中心型のシステムだった。出力系が松下電送の製品だった。
 富士通や松下電送の関係者が、システムの一日も早い復旧のために、それこそ寝食を忘れて機器の手配、システムの再構築を行った様子の記述があった。なにしろ、神戸市内に入ろうにも交通が遮断されていて、その作業は困難を極めたようだ。
 メインフレームのシステム構築は時間がかかるのが一般的で、新聞製作専用の機器の手配も並大抵な苦労ではなかったと思うが、わずか1週間程度で完全復旧とまではいかなくとも、新聞編集が出来るようになった。
 システムの復旧までは、今回と同様、京都新聞社が支援した。京都新聞社も新聞編集システムは富士通製を使用しており、京都へ派遣された神戸新聞記者は日頃使い慣れている機器を操作した。

 震災から数年経過した後、時期はいつか不明だが、神戸新聞社は新聞編集システムの更新投資をしなければならなくなった。新しいシステムベンダーは富士通ではなく、日本電気や東芝などのマルチベンダーとなった。あの震災の時の富士通、松下電送の「働き」を知る者にとっては実に意外な選定だったそうだが、神戸新聞社には神戸新聞社の事情があったのだろう。富士通に対して遠慮して何も言えなくなってしまった状況を変えようとしたのかもしれないし、それこそ部外者には良くわからない。もちろん震災から復旧後のことなので、本の記録にも書かれていない。

 ということで、今回の障害を起こしたのは日本電気の組版システムだ。オラクルDBの「閉塞」が発生したのかもしれない。日本電気の組版システムを使用している他社でも、DBの閉塞は発生している。だが、今回ほど大きな障害にはなっていない。
 新聞協会のサイトを見るとわかるが、この10年間で新聞製作に関わる従業員総数は1万5000人から5000人に減少している。1万人の減少の理由の一つはこの新聞編集システムの進化による合理化、省力化と思われる。
 マルチベンダー、PC中心のシステムは、メインフレーム中心のシステムとは違ってユーザーシステム部門にとっては、やっかいな事も多いと聞く。また要員の減少の中で十分なスキルアップの時間がとれず、システム全体に目配りが出来ないのではないかと推測される。各ベンダー間の障害の切り分けもだ大変だろう。
 機器に故障はつきもので、システムにバグはあるのが当たり前の世界だが、相互支援協定の発動にまでなったのは、まれな事故だろう。これだけ報道されるのだから。

 いずれにせよ、速やかな復旧が行われることを願わずにはいられない。

(続)神戸新聞社システムトラブルへ続く


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指導者の責任

 真偽は確かめようがないが、以下の報道があった。

 安倍晋三首相の身辺に近い筋が22日までに明らかにしたところによると、首相は辞任表明直後の9月14日、入院先の慶応病院(東京・信濃町)で自殺を図った。幸い、未遂に終わったが、首相は深い鬱状態に陥っており、再び自殺を図る恐れもあることから、自殺防止のための警護が強化されたという。(ベリタ通信)(2007/09/22)

 また日刊ゲンダイは次のように書いている。

 自殺説まで飛び交ったが、とうとう永田町では政界引退説が強まっている。APECに出発する前夜、公邸のソファでぐったりと横たわっていた首相に、昭恵夫人が「このままだと、あなた本当に死んでしまうわよ」と涙ながらに訴え、それで首相は辞任を決意したとされる。よくぞ、こんなひ弱な男が1年間も国民の命を預かる首相をしていたものだ。突然の辞任について、世論調査では「無責任だ」が70%に達しているが、永田町の安倍批判は、それ以上だ。戻ってきたら、ツバを吐きかけられるのじゃないか、なんて言われている。精神的に弱い首相が、そんな厳しい空気に耐えられるはずがない。ストレスで体調を悪化させるだけだ。そこで周辺からは引退説が出ている。


 安倍首相の立場は一般人ではない。公人中の公人である。トップは孤独なものだ。その寂寥感に耐えなければ一国の首相は務まらない。安倍氏は議員辞職すべきだ。政界から引退することが最後の責任をとるということだろう。

 自民党総裁選挙報道で一色だったが、なぜかくも大きな扱いなのだろうか。自民党員でなければ投票の資格がないのだから、自民党以外は関係ないのだ。あくまでも総裁選挙は自民党内の選挙である。

 総裁選挙報道の洪水の中で、マスコミは安倍氏の脱税疑惑スキャンダルについて報道していない。調査し追及すべきだ。さらに、辞任表明後、臨時代理もおかず空白期間を作った責任も問わねばなるまい。

 25日の首班指名後は、当分の間、今度は「ご祝儀」報道で埋め尽くされるだろう。その影で、深く静かに、大きな変動、変化が進んでいる。


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2007年9月22日 (土)

新聞没落を読む

週刊ダイヤモンド 9月22日号の特集「新聞没落」を読む。思いつくままに以下に記す。

 生産設備の面から分析してみる必要もあるのではないか。現在の新聞のビジネスモデルを維持するための生産設備は、新聞輪転機、新聞編集システムの両輪が必要で、これを維持、更新し続ける必要がある。ともに業界の伝統、特殊性に縛られていて、なかなか汎用的、標準的な商品を使うことは出来ない。どちらも特注品と見てよい。したがって、設備投資額は巨大になる。設備投資の返済が経営を拘束し、大胆な舵取りが出来なくなる。

 「ネットでニュース配信」というモデルの場合、このような大掛かりな設備投資は不要である。極端な話、新聞販売店もいらなくなり、従来の販売店への「補助」金もいらない。大幅なコスト削減が実現できる。必要なのは記者だけだといったら言い過ぎか。

 しかし、「ネットの方がコストダウンができる」とわかっていても既存の新聞社は一気にネットに業態を切り替えることはできない。現在の新聞収入を支える基盤は紙の新聞販売だからだ。新聞販売店との関係、その先の従業員の雇用問題などを考慮に加えると、簡単にはビジネスモデルを変更できないことは明らかだ。新聞社は紙の新聞を商品とした組織となっている。それぞれの組織は縦割りで柔軟性がない。既得権もあるだろう。これを改革できない。部外者が、そう推測してみても、あながち的外れではないだろう。

 主として中高年の読者のために大掛かりな投資をして、読者のために新聞発行を続けなくてはならない。部数が増加していればまだしも、減少すると、この維持は経営的に成り立たなくなる。原油価格の上昇による紙代の値上がりも響くだろう。新聞用紙の値上げは経営を直撃するはずだ。先細りの状況は特集のグラフなどを見ても明らかだ。新聞を配る人も高齢化して、宅配制度もその部分から崩れるのではないか。それにしても特集のグラフをみると、新聞社の平均年齢は高い。

 新聞社サイトにアクセスする理由はニュースを見たいからだが、特集の指摘にもあるように「記事を無料で読めることが当たり前となったため紙媒体の減少を招く」状況になっている。ニュースをネットに無料で露出することに慎重な姿勢の社が多いのは、そのためだ。だがニュースを提供しない新聞社サイトなどアクセス対象にならない。そこで、ニュースだけでないサイトを目指して地方紙と電通が協力してネット通販のサイトを公開しているらしいが、敢えてそのサイトで買い物をしようとは思わない。ネットで新たなビジネスモデルを作りたい、しかし、そこに提供するコンテンツはニュースしかなく、ニュースを提供しても自身の資産を食うことになってしまう。会員制を目指している新聞社は多いが、結局、うまくいかない。

 新聞記者の行動様式から考えても、新聞社がニュースをネットに速報することは難しいのではないか。「オンラインファースト」という考えがあるが、新聞記者は輪転機を回す締切時間に拘束される。輪転機が回るまでに記事を送信する、という行動パターンがあるだろうから、ネット社会の速報性になじまない。新聞記者は事件、事故の一報をデスクに報告しても、記事そのものは極端な話、後でもいいのだ。「オンラインファースト」というのは成立しないのではないか。通信社の記者と新聞社の記者は記事送稿の仕方が違うはずだ。

 ニュースを期待して新聞社のサイトにアクセスしても速報が物足りないのは、たぶん、そのためだ。ネットにニュースを提供しても、儲からない。そう考える新聞社内の雰囲気が充満している。販売店との付き合いがある販売セクションの突き上げもあるだろう。編集、広告、販売などのセクション間の調整が難しいのではないか。特集からそう読める。

 恐竜が時代に対応できなくなって死滅したように新聞社も衰退するのだろうか。当分は、今のビジネスモデルの継承は可能だと思う。見通せるのは10年程度、その後は、不明だ。

 そもそも時事問題に対する無関心層があまりにも増えていないか。時事ニュースへの関心がなくなっていることの方が深刻だ。みんな自分の関心事に集中し社会が細分化される。「紙の活字離れ」を嘆く必要はない。余りにも個人に分割されてしまった社会は、逆に、一点に集中しやすく、全体主義に変異するおそれがある。そちらのほうが危険であろう。

 アンケートの結果、「新聞が一番信頼がある」と特集の中で指摘されているが、本当にそうだろうか。災害報道、大きな事件などの時は、自然とNHKにチャンネルを合わせる。信頼感は実はNHKに対してが一番あるのではないか。

 新聞のもつ妙なプライドに辟易することがある。いかにも自分こそが、自分たちだけが、「知る権利」の体現者であるかのような傲慢さを読者は感じてしまっている。これはテレビにもいえるが。さらに最近、読み応えのある記事が少ないような気がしている。

 一般の業界では伊勢丹・三越の統合などのように経営統合が当たり前のように行われるが、新聞社の統合はあるだろうか。多分難しいのではないか。中央紙の間では統合するより他社が破綻してもらったほうが、他紙の読者を奪えるメリットを得ることができそうな業界に見える。中央紙の一つが破綻して消滅してもわれらの生活には影響はない。

 地方紙についてはこの特集では多く触れられていないが、地域に密着した強さが、いつか弱点になることがあるかもしれない。地方紙は権力の監視というジャーナリズムの原点に照らしてその役割を果たしているか。

 人口の減少、地方の衰退は、新聞読者数の減少につながる。「1県1紙」は戦時中の名残だ。大手紙による系列化や地方紙同士の経営統合は今後の道州制などの動きによりあるかもしれない。道州制への移行時期がポイントだ。地方紙の名称は残して経営的には統合することはありうると予想する。

 ネットで三社が協力するとの記事が掲載されているが、失敗するだろう。決断力が遅く柔軟性がない組織同士が結合しても、シナジー効果があるとはとても思えない。地方紙が集まったサイトもあるが、たぶん芳しくないはずだ。各社の異なる事情をまとめるのは並大抵ではない。結局平均的なところに落ち着かざるをえず、魅力あるサイトにはならない。即断即決が求められるネットの世界に適応できる組織作りが遅れていると思われる。

 新聞社も所詮は民間企業の一つでしかない。新聞社の経営危機はジャーナリズムの危機とイコールではない。

 新しいメディア(媒体)、新しい伝達方法を得ることによる、あらたなジャーナリズムの成立を予感させる。他業界からの算入も既存の新聞業界に影響を及ぼすだろうことは「オーマイニュース」の記事(特集53ページ)を読むとうなずける。現実には予想以上に、既存メディア全体に影響を与え続けているだろうけれども。

 再販制度に守られ、記者クラブに守られ、政局や人事異動情報に奔走する記者や新聞社。それこそが新聞没落の原因ではないだろうかと言ったら、あまりに書生論的だろうか。


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2007年9月20日 (木)

説明すべきこと

与謝野官房長官は20日、安倍首相が健康状態の説明をしないまま入院したことについて、「首相自ら国民に説明すべき」との考えを示した。関係者によると、安倍首相の病状に顕著な回復は見られず、21日の閣議も欠席する見通し。
日テレNEWS24:2007年09月20日19時31分)

 確かに自身の健康問題について説明責任があるとは思う。しかし、それ以上に、週刊現代が報じた自身のスキャンダル(脱税疑惑)について、きちんと説明すべきだろう。この問題は今までの閣僚の政治と金をめぐる不祥事以上に深刻な問題だ。

 納税の義務を説くべき一国の首相が脱税疑惑とは、あいた口がふさがらない。

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2007年9月19日 (水)

喪失の不安感

 昨夜は午前2時半ごろ目が覚め、意識が覚醒してしまった。その後、午前4時30分頃まで熟睡することが出来ず、不安感、とりわけ喪失の不安感に襲われ、悶々とした夜をすごした。
 考えても致し方ないのだが、不安感は薄らぐことはなかった。じっくりと、ゆっくりと眠りたい。

 相変わらずの自民党総裁選中心のニュースにうんざりする。

 「生きているうち
    はたらけるうち
      日の暮れぬうち」 みつお


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2007年9月17日 (月)

決して忘れない

 自民党総裁選のニュースの影で、安倍首相のスキャンダル(3億円脱税疑惑)のニュースは完全に没になっている。これでよいのか。病院に隠れてしまったこともあって追及が生ぬるい。政権を投げ出した無責任さを決して忘れまい。

 サンケイスポーツは次のように伝えているが、いかにも大げさじゃないか。自民党総裁の後継を決めるだけのことであり、本来ならば、国会で論戦が行われていなければならなかったのだ。無責任な政権投げ出しがなければ。

 「あのおじさん、だれ?」などと言いながら麻生氏の演説を聞いたガングロ風の東京都杉並区の高校2年の女子高生(16)は「麻生さん? おもしれぇ」と 一言。「私もキャラが立ちすぎて嫌われてるから、一度話をしてみたい。総理より、ウチの学校の校長になってよ」と目を輝かせていた。(サンケイスポーツのサイトから一部引用)

 忘れてはいけないもの、もう一つ、それは、北朝鮮による拉致問題。

 憲法13条「すべて国民は個人として尊重される。生命、自由および幸福追求に対する国民の権利については公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」 憲法は政治権力を規制する。政治家はこの条文を肝に銘じるべきだ。他国に拉致された国民を奪還することすらできなくて、どうするのだ。

  増元さんの父は「日本を信じる」と言ってなくなったそうだ。被害者の会の人たちも年を重ねている。福田総裁候補は「私の手で拉致問題を解決する」と発言した。その言葉を忘れまい。これは首相を目指す人の公約であり、いわば国民に対する契約である。

 

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2007年9月15日 (土)

安倍首相のスキャンダル

 週刊現代の報じる安倍スキャンダルは本物なのだろうか?
団藤氏のブログを読むと参考になる。

 本日、後継総裁レースが始まり、すっかり、話題はそちらに目が向いているが、このスキャンダルを忘れてはなるまい。政権を放り出してしまった無責任なリーダーは、いつまでもその責任を追及されてしかるべきである。

 かつて立花隆氏が「田中角栄研究」というレポートを文芸春秋に発表したとき、既成の新聞記者やマスコミは「新しい話ではない。みんな知っていることだ」と言って、歯牙にもかけなかった。ところが、外国特派員協会でこの記事のことが話題になり政局が動き出すと、あわてて後追いをした。今回の安倍スキャンダルも「知っていた。時効で法律的に問題ない」というコメントもマスコミ内にはあるようだ。歴史は繰り返している。総括をせず、問題先送り、問題隠蔽の体質は少しも変わっていないのである。政治家の世界だけでなく、マスコミの世界でも。

 「しんぶん赤旗」のサイトは以下のように伝えている。

安倍晋三首相の政治団体「東京政経研究会」が巨額の預金を保有していることが、十五日付官報で公表された二〇〇六年の政治資金収支報告書でわかりました。東京政経研究会は、安倍首相の資金管理団体「晋和会」と同じ場所にあり、会計責任者も同一人物。〇六年収支報告書によると、みずほ銀行に三億二十三万四千九百八円の預金があります。 同研究会の収支報告書をさかのぼると一九九七年十一月十七日に「緑晋会」から名称を変更。緑晋会の設立は七九年で、父親の故安倍晋太郎元外相の政治団体を安倍首相が引き継ぎました。 安倍首相が初当選した九三年の収支報告書では、すでに約五億円の預金があります。この巨額の資産がどこから入ってきたのかは、当時の収支報告書官報からはわかりません。 名称変更した時点でも四億円以上の預金を保有。その後三億七千万―三億八千万円で推移し、〇四年から約三億円に減っています。 安倍首相の政治団体の保有預金をめぐっては、初当選翌年に朝日新聞(九四年九月九日付)で、父親の政治団体を引き継ぎ、預金約六億九千万円を継承 したと指摘されました。辞任直前にも政治団体の預金について、講談社の『週刊現代』編集部が、「脱税疑惑」があるとして、首相側に取材を申し入れていたこ とを明らかにしています。


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2007年9月14日 (金)

どんど晴れとハゲタカ

 朝の連続ドラマ「どんど晴れ」もいよいよ幕が下りる。朝の連続ドラマは時計代わりのドラマとも言われてきたが、結構、その軽さにハマッテしまうことがある。NHK東京が製作する4月から10月の番組の方が面白い。

 主人公はだいたいが、おせっかい、でしゃばりで、ほんとにこんな子が近くにいると引っ掻き回されてたまらないだろうと思える。今回も例外ではないのだが、若女将のを演じる女優の髪を結い上げた姿に以外と端正な顔立ちだ、などと思ってしまう。また大女将の凛とした美しさも印象に残った。

 ところで、土曜ドラマ「ハゲタカ」は、骨太の脚本と俳優たちの熱演に、最近では秀逸のドラマだった。6回連続だったが、毎週土曜日がくるのが楽しみだった。最近の「どんど晴れ」には、なんだか軽い感じの「ハゲタカ」の要素が入ってきた。「ハゲタカ」に出演して銀行の重役を演じた中尾彬が、「どんど晴れ」には企業買収の黒幕で出演しているが、思わず苦笑してしまう。そういえば「ハゲタカ」にも老舗旅館を買収するシーンがあった。

 いつか本物の老舗旅館に宿泊してみたいものだ。

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2007年9月13日 (木)

あまりにひよわなリーダー

 今回の安倍首相の辞任表明については、昨日のエントリーで書いた。考えれば考えるほど、最低の首相だったと思う。腹立たしくなる。リーダー足るものの自覚が全くなかった、と言っても言い過ぎではない。なにせ、「美しい国づくり」といい続けていたその張本人が、国家を危機的状況においているのだから。自民党の危機は問題ではない。日本の危機が問題なのだ。

「国家のため身を引く」…首相、メルマガで退陣理由を強調
安倍首相は13日付の「安倍内閣メールマガジン」(第46号)に、「改革、テロとの戦いを前に進めるために」と題し、退陣表明を受けたメッセージを掲載した。海上自衛隊の補給活動継続に向けた局面打開のために辞任を決断したと強調、「無責任と言われるかもしれません。しかし、国家のため、国民の皆さんのためには、私はいま、身を引くことが最善だと判断した」と記している。(2007年9月13日9時18分 読売新聞サイトから引用)

 どうもピントがずれている。身を引く時期は、「小沢さんを選ぶか私を選ぶか」と言って敗北した7月の参院選開票日だったのだ。政治家は結果責任。「一生懸命頑張りました」は言い訳として使えない。結果がすべてだ。「国家のために身を引く」などと本来は重い言葉を、軽々に使って欲しくない。

 あの福田康夫さんが23日に行われる自民党総裁選出馬するそうだ。昨秋の総裁選に出馬しないことで、もう、福田さんの芽はないのかと思っていた。意外な展開である。これで麻生太郎さんは総裁になれないだろう。
 先ごろ行われた群馬県知事選で自ら先頭になって自民党知事候補を応援した姿に、今までとは違う福田康夫さんを見た人は多かった、と言われている。

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2007年9月12日 (水)

亡国にいたるを知らざれば、すなわち亡国なり

 明治の政治家、田中正造の言葉である。

 安部首相の突然の辞任表明に唖然。これほど無責任なことはない。
国会で所信表明し、いざ代表質問が始まるという時に「辞める」とは。それはないだろうという感じだ。「外遊にも行き、外国の要人に対しても失礼な話だ」(鳩山民主党幹事長)との指摘はもっともだ。「職を賭す」との言葉は一体なんだったのだろうか。米国外交にも行き詰まり、期待された北朝鮮外交、拉致問題の解決も道筋をつけることができず、かえって、拉致被害者の悲劇を増幅させてしまった。

 健康問題があったとしても、それは事前に認識していることだろう。お涙頂戴の物語にはならない。参院選の結果が出た段階で、辞任すべきだったのだ。出所進退の判断を間違った例として語り継がれるだろう。判断力、決断力がいかに欠如しているかを示して余りある。政権担当能力など、そもそもなかったのではないか。「選挙の顔」になるか、ならないかで、総裁を選んでいる自民党の体質も厳しく糾弾されるべきだ。

 次の総理は吉田茂の血を受け継ぐ麻生氏が優勢との報道がさっそく始まる。政治を語らず政局報道と人事情報に力を入れるマスコミ。19日まで次は誰かの話題で持ちきりになり、新首相誕生後はご祝儀報道がしばらくは続くだろう。喫緊の課題は先送りされ、人事情報の洪水の中で問題は解決されないまま残存する。

 祖父の故岸信介氏は60年安保騒動の中で辞任。実父の故安部晋太郎氏は総理の座を目前に病に倒れた。その子、安部首相は美しい国づくり、戦後レジームの脱却と勇ましい言葉を残して、姿を消す。

 「美しい国」「正義の戦争」「お国のために」そうした言葉を繰る人たちがいかに胡散臭く信頼できないかがわかる。そういう人たちこそが、この山紫水明の美しい国家を壊しているのだ。麗しい伝統を壊していくのだ。教育基本法を「改正」し、郷土愛、愛国心、責任感が必要だと強調した、その人自身が無責任そのものだったのではないか。所詮、総理の器ではなかったのである。

 「辛酸苦境に入る」。城山三郎は田中正造の生涯を描いた作品のなかでこの正造の言葉を使っている。政治状況は流動化、混乱化する。そのことだけは確かなようである。

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2007年9月 9日 (日)

テレビ朝日の「天国と地獄」を見る。

 今から38年前、高校1年生の時、黒澤明の「天国と地獄」を見た。1963年の作品だから公開後5年余りが過ぎた時期である。高校の課外授業の一つで1年生全員が映画館に足を運んだ。

 大きなスクリーンに映し出されるモノクロ映像の中で展開される物語にグイグイと引きこまれていった。特急列車のトイレの窓のわずかな隙間から落とされる身代金。取り直しができない状況で撮影されたこのシーンの映像は見ごたえがあった。そして煙突から出てくる赤紫の煙。モノクロ映像の中でそこだけが赤紫であることの不思議。

 数年前、NHKのBSでこの映画が放送され見ることが出来たが、30年以上経ても面白さに全くの変わりはなく、高校生の頃は前半の展開にわくわくしたのだが、むしろ映画後半の山崎努演じる犯人の心象に興味を持つようになっていた。自分の部屋から見える豪華な邸宅と一般庶民が暮らす町並みとの対比による「格差社会」の表現。自分自身の人生の歩みを重ねることが出来るようになったからだろうかと思ってもみた。

 8日、テレビ朝日でリメイク作品が放送されるとのことでチャンネルを合わせた。佐藤浩一、阿部寛、鈴木京香などの芸達者に支えられて、いつもの2時間サスペンスドラマに比べれば、それなりに見ごたえがあったのだが、やはり、本物には遠く及ばない。

 権藤家の一室の映像は一画面に複数の人間の表情を映し出していたが、これが見づらい。
格差社会の勝ち組をあらわすはずの権藤家の邸宅の遠景が貧弱すぎる。犯人を追い詰めるクライマックスで猥雑な庶民の姿や町並みを描ききれておらず、小樽の観光名所めぐりみたいな町並みしか映像表現できていない。警察官がいきなり拳銃を構えて共犯者宅を急襲するだろうか。あんなに簡単に報道協定を結ぶだろうか。行き過ぎとも思える捜査が今かくも簡単に行われるだろうか。時代設定を現代に置き換えたのなら、このあたりは工夫が必要だったのではないか。犯人権藤(佐藤浩一)と医学生(妻夫木)が対決するラストは三船敏郎と山崎努の演技を超えることはできなかった。

 そもそもリメイクした理由はなんなのだろうか。ドラマ作成に携わる人たちの企画力と創造力の欠如ではないか。リメイク作品を放送するなら、オリジナルそのものを放送した方が良い。もっとも民放の場合、CMが邪魔になるかも。この「天国と地獄」ではドラマの出演者がCMにも登場していたが、興ざめそのものだった。妻夫木と吹石が共演するドコモのCMが流されたときには思わす笑ってしまった。

 「天国と地獄」の次は「生きる」のリメイクを放送するらしく予告編が流れていたが、本編を見る気にはならなかった。松本幸四郎では定年退職まぢかの市役所職員を演じられない。その俳優がもつイメージにあわない。志村喬こそ、その演技ができたのだ。

 オリジナル作品を冒涜してはならない。「椿三十郎」も織田某でリメイクされるようだが、見たいと思わない。

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2007年9月 7日 (金)

夏の終わり

 夏の終わりを告げる「お祭り」が9月1日と2日に実家の町で開かれた。祭りがある日は必ず実家に帰るようにしている。両親は孫の帰りを楽しみにしているのだが、孫も大きくなり、帰る機会が少なくなってしまった。妻も用事が出来てしまい一人で今年も車で帰った。
 故郷への帰路は、いつも、自分の半世紀余りの人生を振り返ってしまう。幼い頃の風景に思いを致しながら、一体、自分は何をこの50年余りを生きてきたきたのだろうかと、時に、悩み始めてしまう。故郷に錦を飾る、ということもできず、さりとて故郷を捨てたわけでもなく。
 祭りは、今年はいつもよりも人出が多く、露店もにぎわっていた。数台の山車と神輿が、わずか2キロぐらいの歩行者天国となった県道を行きかうだけの祭りなのだが、それでも、山あいの町の人にとっては、一つの楽しみなのだ。
 82歳になる父と祭りの事務所まで歩いていった。父は小さくなった。足取りは遅くなった。最近は腰が痛そうだ。老いた父と肩を並べて歩いたが、すぐに私が先になってしまった。
 祭りの事務所では近所の、父と同世代の人たちが、酒やビールを飲んでいた。行き交う人々の群れを眺めながら話に余念がない。訪れた私たちに紙コップとつまみと酒を用意してくれた。父は酒がいいと紙コップに酒を注いでもらっていた。30分ぐらいその場所にいただろうか、帰り際に父の紙コップを見たら空になっていた。酒好きな父は、決して衰えていなかった。「俺が飲めなくなればお終いだ」それが父の口癖だ。
 実家を後にして自宅に戻る時、母が作った赤飯を持たされた。毎年、赤飯を作るのが母の役目だ。おいしい赤飯だった。
 その3日後、父は自分で病院に行った。新たな治療を受けることになったと電話口で話した。「大丈夫だよ、大丈夫だよ」と父は少し酒の入った口調で言った。父や母が弱っていく姿をみると、とてもさびしくなる。

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2007年9月 5日 (水)

メルトダウン

 鴨下環境大臣の「記載ミス」問題が今日、表面化した。

2007/09/05-20:57 収支報告書、記載不備を陳謝=辞任は否定-鴨下環境相 鴨下一郎環境相の資金管理団体の政治資金収支報告書に記載不備があった問題で、同相は5日夕、環境省内で記者団に対し「公人である政治家がこのようなミスを犯し、国民の皆様に大変申し訳ない」と陳謝した。その上で「引き続き仕事をさせていただきたい」と述べ、環境相を辞任する考えのないことを強調した。(=時事通信サイトから一部引用=)

 週刊新潮や週刊文春の今週号の広告を見ると、自民党も民主党も、一体、どうなってしまったのだろう、という印象だ。
 この国のメルトダウン(融解)がますます加速している。こういう状況が一番怖い。かつて、政党政治が腐敗した間隙を縫って登場したのは軍部だった。


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2007年9月 4日 (火)

三船敏郎の山本勘助

 映画「風林火山」がBS2で放送されたが、それを録画、最近、見ることが出来た。1969年作品。原作はNHK大河ドラマ「風林火山」と同じ井上靖。
 山本勘助を三船敏郎、武田晴信を萬屋錦之助、由布姫を佐久間良子が演じる。上杉謙信は石原裕次郎。大河ドラマで上杉の軍師を演じる緒方拳が勘助のそばに仕える足軽を演じている。みんな若い。
 井上靖の「風林火山」を読んだ時、これを1年間の大河ドラマにするのは大変なのではないかと思った。そしたら、NHKは見事に山本勘助が武田家に仕官するまでを3ヶ月間かけて丁寧に物語を作った。意外とこの部分が好評ではなかったか。思いっきりの良い演技を見せた貫地谷しほりという女優の評価を高めた。千葉真一が演じる板垣は秀逸だったし、久しぶりに本格的な時代劇の所作や殺陣を見ることが出来た。
 映画版の「風林火山」は橋本忍が脚本に参加しているせいか、なかなか骨太の筋となっている。原作と同じように、勘助が青木典膳を切って武田家に仕官するところから物語りは始まる。2時間30分あまりの時間によくまとめられていると思う反面、大河を見慣れていると、荒削りと感じてしまう部分もある。人の内面の描写がうまく伝わってこない。
 川中島の戦いでは、なんと上杉謙信が数名現れてきて、武田信玄に切りかかる。面白い演出かもしれないが、今ひとつ。
 最後、山本勘助は目に矢を受けて、それでも戦うが最後に力尽きる。70年安保闘争の時代の中で作られた作品だけに、最後の敗北のシーンには自分の心情を投影させた人も多かったかもしれない。
 娯楽作品には違いないが、「影武者」や「乱」のなかで描かれた哀切、悲哀の感情は、あまり感じることが出来なかった。

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2007年9月 3日 (月)

サミットの呪い

2007/09/02-13:39 次期衆院選「1年以上先」=公明・太田代表
公明党の太田昭宏代表は2日のNHK番組で、衆院解散・総選挙の時期について「(参院選で)もっと国民の目線で庶民の生活(対策)をしっかりやれというメッセージが発せられた。そこをしっかりやって、1年以上後になるだろうが、こういうことをやったということを示して、国民に審判をいただくのが普通の考えではないか」と述べた。(=時事通信のサイトから=)


 現在の衆議院議員は平成17年9月11日に行われた第44回総選挙で選出された。もう少しで2年を経過することになる。衆院議員の任期は4年ではあるが、任期満了ということはほぼない。およそ2年から3年で洗礼を受ける。
 ちなみに、平成17年前の選挙は平成15年11月9日、その前は平成12年6月25日、その前は平成8年10月20日となっている。
 来年夏のサミットのことを考えると解散の時期は来年春か、もしくはサミット終了後と言うのが大方の予想だったと思う。某大手通信社もそのような見方をしていたらしい。1年以上は先にならないだろう、と言われてきた。
 ところが、ここに来てどうも雲行きが怪しくなってきた。そもそもそれまで安倍内閣は持たないのではないかと言うことだ。
 先週発足した内閣だが、1週間もたない大臣がでる有様。任命責任は認めてもその責任を取らない総理。むなしい弁解のシーンがニュースで流され、その軽い発言に不信は広がるばかりだ。
 政権の土台が固められないから、悪影響の範囲は広がるばかりだ。外交、とりわけ米朝関係が劇的に変化しようとしている中、日本外交はどうしようもなく行き詰っている。
 選挙の顔になる人物を総裁に選択すると言う、いかにも政治屋らしい判断基準のツケが、国民に回されている。

 2000年7月の沖縄サミットを前に、当時の小渕首相は急逝。1979年に行われた東京サミット開催後の総選挙運動期間中に時の大平正芳総理は、やはり急逝。1993年7月7日から2日間、東京サミットが行われた。その前、6月18日には宮澤喜一内閣不信任案が可決。総選挙は7月18日に行われたが、分裂した自民党は単独過半数がとれず、細川新政権が誕生した。いわゆる55年体制が崩壊した。
 日本でサミットが行われる時には、その前後に「政変」が起きる。


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2007年9月 2日 (日)

農水省の呪い

2007/09/02-15:03 農水相進退、再聴取し判断=補助金不正受給-与謝野官房長官 与謝野馨官房長官は2日午前、テレビ朝日の番組に出演し、遠藤武彦農水相が組合長を務める農業共済組合の補助金不正受給問題に関し、「(農水相と)もう一度お目にかかり、説明ぶりと真意をきちんと聞いた上で、(進退について)判断したい」と述べた。同長官は同日、農水相と会い改めて事情を聴取する。その上で安倍晋三首相と対応を協議する方針だ。(=時事通信のサイトから一部引用=)

 古くは中川一郎、最近では松岡利勝。「農水省は呪われている」と言ったらオカルト的になるけれど、まさに「いいかげんにせんかい」の世界になっている。あれほど政治とカネの問題で批判をあびたのに、なぜ身体検査をきちんとできなかったのだろうか?
 午後7時のNHKニュースでは「政府与党内にも辞任の声」と伝えた。就任会見でこの遠藤大臣は軽率な発言をして顰蹙をかった。すでに改造安倍内閣も末期症状になってしまった。民主党のスキャンダルもこれでかき消されてしまう。
 お粗末な話だ。

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生きてりゃいいんだよ

 DVDに録画した「明日の記憶」を見る。こんなに切なく、泣けてくる映画は久しくないと感じた。原作よりも映画の出来が数段上。原作を乗り越えている。
 主演の渡辺謙はもとより、妻役の樋口可南子の表情が実にうまいのだ。「阿弥陀堂だより」の時もこの人に好印象をもったものだが、この「明日の記憶」の中でみせた表情は実に見事でした。 来年の大河ドラマ「篤姫」にも出演が決まっている。楽しみだ。
 さらに、大滝秀治も秀逸で、「生きてりゃいいんだよ」と甲高い声の叫びも印象に残った。
2時間余り、じっと画面を見つめ続けた。何度見てもきっと感涙するだろう。


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