« 2007年6月 | トップページ | 2007年8月 »

2007年7月

2007年7月31日 (火)

戦いすんで

 「私と小沢さん、どちらが首相にふさわしいか、国民に聞きたい」
そう言った首相の見通しの甘さ、言葉の軽さが目立つ。記者との受け答えも、なぜか軽く感じる。多弁なのだが言わんとしていることがわからない。記憶に残らない。

 赤城農相は自ら職を辞するべきだ。このままでは「さらし者」だ。祖父赤城宗徳氏の名を汚すことになる。

 民主党は敵失で勝った。小沢代表はそのことを十分認識しているだろうが、舞い上がっているのが党内には多いかもしれない。原理、原則を重視しリーガルマインドを持つ小沢代表は首相の座を目指すのではなく、自民党を政権の座から引きおろし、覚醒させ、分裂させ、以って、政界の再編を政治目標にして欲しい。

 開票日当日に「雲隠れ」したことから、病気がちで総理になれるのか、などの批判があるが、まったく気にすることは無い。批判のポイントがずれている。

 小田実氏が死去した。学生時代から、この人にシンパシーを感じたことは無かった。なぜだかわからない。氏の著作も読んだことは無い。学生時代は、もっぱら高橋和巳を読んでいた。

人気blogランキングへ

|

2007年7月30日 (月)

漆の実のみのる国

 藤沢周平の小説「漆の実のみのる国」下巻(文春文庫)を読み進む。次の一節が目に留まった。

 「実際に村と農民をみちびくのは郷方役人であるから、かれら役人が稲作、養蚕の道に暗くては、農民が十分に力を発揮することはむすかしい。しかるに役人がそのことには考慮をはらわず、秋になって年貢の取立てばかりに熱中するようであれば、農家は日日に窮地に追いこまれて、往々にして年貢を納めるのに滞りを来すことになるだろう。国家の衰微、君上のご難儀はここからはじまるのである。
 国の本は民にある。重職の地位にある者はふだんからこのことを大切に心得て郷方役人をはげまし、役人は二百二十六カ村に対してその村々の利害を熟知し、その害をのぞいて耕作をはげまし、産物をふやして秋には滞りなく貢租がおさまるようにせよと下知すべきである。」

 民主党の小沢代表が農村をまわり、みかん箱の上に立って演説する姿が、何回かテレビで放送された。これはかなり強烈な印象を残した。切り捨てられる地方を見事にテレビを通じて有権者に訴えた。党首であるがゆえに自分のことが放送されるのを織り込んでの行動であろう。都会を車に乗って演説するシーンよりもはるかに効果的だった。

 政界再編が動き出す。小さな政府、市場経済万能を是とするグループと、それを非とするグループ。民主党の中の保守系を含めた再編。福田系列と田中系列が袂を分かつ。保守系は公明党と手を切る。民主党の中も一枚岩ではない。社会党系は社民党とまたヨリを戻せばいいのではないか。「地の塩」である日本共産党はわが道を行く。

 人事問題にすべてが矮小化されて行く。それを当然のこととして政局報道になったしまうマスコミ。憂慮すべき事態が深まる。

人気blogランキングへ

|

2007年7月29日 (日)

刑事裁判を考える1

=雑感1=

 刑事裁判で裁かれるのは国家だ。

 憲法31条は、適正手続きの保障を定める。
 刑事訴訟法第一条は、その目的として「事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正かつ迅速に適用実現する」ことをあげている。
 民事裁判と違って刑事裁判は実態的真実発見主義の立場である。しかし、「100人の有罪者を逃れしめても一人の無実を罰するなかれ」ということこそ強調される。疑わしきは被告人の利益に、ということだ。

 犯罪の成立要件は、構成要件に該当すること、違法性を有すること、責任性があることである。このうち一つでも欠ければ、犯罪は成立しない。

 物事の是非善悪を判断し、その判断に従って行為できる能力を持つものが責任能力であるとする。

 どのような極悪非道と思われる被告人にも弁護が必要。無罪推定の原則。

意見の否定と人格の否定を同じにしてはいけない。意見を否定しても人格を否定してはいけない。人格と意見は別物と考える。「あいつは気に入らない。だからあいつの意見なんか聞く必要ない」ということは許されない。そう言ったのは確か丸山真男か。

母子殺人事件を考えるための、基本枠組みを徐々に記述する。

|

2007年7月28日 (土)

ついのすみか

 先日の群馬知事選挙で落選した小寺弘之氏が、27日任期を終え県庁を去った。

 群馬への思いに触れて「上州人の人情にほれ、ここを『ついのすみか』として過ごすことになり、仕事を続けて参りました」「一心不乱に県民のためにと努力してきたつもり。私自身の誇りであり、皆様のおかげと感謝を申し上げます」
 「群馬の発展のために人生を賭けたいと思っておりました。その志はいささかも変わっておりません。これからも群馬の政治を見守りながら、私としても力を尽くしていきたい」と語り、最後は涙ぐみながら何度も頭を下げた。
 演説の後、花束を受け取って聴衆一人ひとりと握手を交わし、公用車に乗って手を振りながら県庁を去った。対立した自民県連関係者の姿はなく、自民県議も「連絡がなかった」といい、埋まらぬ溝の深さを改めて浮き彫りにした。
(=朝日新聞の7月28日付け群馬県版サイトから一部引用=)


 小寺氏が去るのと時を同じくして、「小寺氏と一心同体」と県の幹部が数人退職した。権力が代わるとはこういうことだ。二君に仕えず、と言うことだろう。
 小寺氏が自分の後継者としたかったG氏も去った。だが、まだ47歳。4年後、県知事選に立候補することがあるだろうか?G氏も出身は小寺氏と同じく高級官僚で県外出身との事だが、今後も小寺氏と同じく県内に住むようだ。
 今後、自民党公認・公明推薦の新知事が、どのような政策を実行していくのか。しっかり監視しよう。絶えず緊張感を持って首長を務めなければならない環境を作り出していくことが民主主義では必要だ。それを作り出すのは有権者だ。
 福田系と中曽根系の間で支持の温度差があったにせよ、共産党を除く政党で支持・支援されて来た小寺県政はいかにも長すぎた。慣れが生じ、お追従者だけが、周りを取り囲むようになった、と県民には思えた。退職金問題と多選を自民に突かれ敗北した。

人気blogランキングへ



|

2007年7月27日 (金)

権力は倒れはしない。代わるだけだ。

 「権力は倒れはしない。代わるだけだ」

昔、学生時代に見た映画「無頼漢」に、こんな台詞があった。この映画を見たのは30年以上も前のことなのだが、大隈講堂で上映されていて、この台詞に会場内は拍手喝采だった。監督は篠田正浩。岩下志麻、仲代達矢などが出演していた。

 いよいよ参院選も終盤。マスコミの議席予測が報道されているが、従来の傾向が続いているようだ。最終的には「神のみぞ知る」の世界だろう。保守の底力、公明の組織力は侮れない。本日27日、株価が下落したが、こうした要因も選挙に影響する。それと下記のようなニュースも。有権者に嫌気を起こさせ棄権者を増やすかもしれない。

 赤城徳彦農相(衆院茨城1区)が代表を務める自民党茨城県第一選挙区支部と、赤城農相の関係政治団体「赤城徳彦後援会」が、二○○三年分の政治資金収支報告書に同じ領収書のコピーを添付、郵便発送料約二十万円を政治活動費として二重に計上していたことが二十七日、分かった。(=中國新聞のサイトから引用=)

 いやはや、赤城大臣は一体どのくらい与党や内閣の足を引っ張れば気が済むんだろう。

人気blogランキングへ

|

2007年7月26日 (木)

常識と教養

 連帯感に飢えている若者たちをターゲットにしていると思われる「あるグループ」の崩壊過程をウオッチングしている。いったい何をしようとしているのか、明確になっていない。とにかく人を集めることが大事らしい。加入すればお小遣いがもらえるという宣伝文句で人を集めている。もっとも最近は働いた分だけ収入を得られるという、至極当たり前な誘い文句になってきた。しかし、そのビジネスの内容は焦点が絞りきれていない。

 マルチ商法、ねずみ講のようにも見える。コアとなる本部役員は数名らしい。かつてこのグループの関連団体に電話したことがあるが、電話の受け答えから、いかにも胡散臭さを感じた。

 「あるグループ」の名称を書くことは控えるが、常識と教養が「何か変だ」と気づかせてくれる。連帯感に飢えている若者たちの不安感に付込んでくる詐欺師に気をつけたい。詐欺師は自分自身を詐欺師とは思っていない。

人気blogランキングへ

|

2007年7月25日 (水)

老い

 昨日(24日)はココログのメンテナンスのため投稿することができなかった。

 昨日は父の82歳の誕生日だった。夜、電話してみたが元気そうに「82になった。暑かったから何にもしなかった。誕生祝にうなぎ丼を注文して食べた」と話した。その後、母と話したが、結婚55年を迎えた二人は、幸せな誕生日を過ごせたようだ。願わくはこの幸せが続くことを。

 通勤路の途中に、最近、健康食品を売る店ができた。模造紙に手書きの文字で商品や店の名を書いてある、いかにも急ごしらえな店構え。若い店員に話しかけられて、嬉しそうにしている老婆を見かけた。手には、いっぱい商品の入ったビニール袋を持っていた。いかにも老人を相手にして、言葉巧みに高額な商品を売るお店のようなのだが、老人は気さくに話しかけてくれる若者に、いささかの疑念も抱いていない。

 誰も皆、平等に齢を重ねる。時は戻らない。われらは皆、去る。

人気blogランキングへ

|

2007年7月23日 (月)

勝ち馬効果

 選挙情勢報道の影響については、優勢と報じられた候補者・政党に票が集まる「勝ち馬効果」や、苦戦を報じられた側に同情票が集まる「負け犬効果」と言われるものがある。

 7月29日投票の参院選の終盤情勢と議席予測が各紙に掲載される時期になった。総じて与党の議席が減少するとの予測が多い。予測は当たらない。ゆり戻しが働くと見ておくのが一般的だ。いざ蓋を開けてみると絶妙なバランス感覚が働いた結果になることが多い。

 衆院で与党は議席を持ちすぎている。参議院は、それを牽制する良識の府であるべきだ。今のような状態では参議院の存在価値が疑われる。

人気blogランキングへ

|

2007年7月22日 (日)

群馬県知事に新人当選

 今回当選すれば20年間、同じ人が知事となる。権力は腐敗する。腐敗とまで行かなくとも、人事は停滞し「イエスマン」のみを重用するようになる。裸の王様になる。結果として県民はそれを拒否した。しかし、それほどの峻拒ではなかったと思われる。自治省から県の秘書課長、副知事、そして知事になった小寺氏は、手堅い県政だったと思う。

 地味な候補である前県議会議長を立候補表明から短期間で当選させたのは、自民党、公明党の組織力だった。ここで負ければ自民党、公明党とも参院選に悪い影響を与える。マスコミに与党推薦の候補が負けたことを、ことさら大きく報道され、ただでさえ逆風が吹く、参院選に悪い影響を与える。それを避けるために、なりふりかまわなず企業、各種団体に圧力をかけたのではないか。相当なしめつけがあったと聞く。

 何が争点だったのか。明確な施策の提示とその論議が不足していた。その点を指摘した共産党候補もいたが、5万票のいつもの結果に終わった。結局は与党内の保守分裂選挙だった。

 選挙結果は事前の予想とは異なり少しの驚きがあるが、一番感心したのはNHKの選挙報道だ。NHKのサイト、群馬テレビのサイトを比較して見ていたが、当初は群馬テレビに開票の数値は遅れていたものの、突然22時に追いつき22時5分に当選確実を表示した。群馬テレビの当選確実は22時15分だった。そして、20時55分の総合テレビのニュースで出口調査の結果を報道していたが、それとほとんど同じ結果になった。

人気blogランキングへ

|

2007年7月21日 (土)

「撤回します」で済むのか!

 なぜ、かくも軽率な発言をするのだろうか?歴史認識をめぐる発言の場合、自分の政治信条を率直に語ることが多く、それをことさらあげつらうことをするのは、差し控えなければならないことがある。
 しかし、今回の麻生外務大臣の発言は、麻生氏個人の見識を疑う。さらにこの発言を聞いて、聴衆がどっと笑っていることがわかる録音が放送されたが、その聴衆自身に対しても厳しく反省をせまらなければならない。

 =広島県の地方紙「中国新聞」サイトから以下引用。=

 対中コメ輸出の利点を分かりやすく説明し、奨励する趣旨とみられるが、近年急増しているアルツハイマー病患者や家族に対する配慮を欠いた発言。民主党の鳩山由紀夫幹事長は十九日夜、記者団に「人を傷付ける閣僚があまりに多い。柳沢厚労相の女性蔑視(べっし)発言と同じくらいか、それ以上だ。あぜんとする話で情けない」などと述べ、不適切発言として安倍晋三首相の任命責任を含めて追及していく考えを示した。
(共同通信配信記事)

 この病の母を持つ知人がいる。公立大学を卒業後、教職に就いたが生徒に「教える」ことではなく、その心にまで踏み込んで生徒を「救う」道を選択し、某国立大学の大学院にて心理学を専攻。臨床心理士への道へと進んだ。今は地方の病院で働いていると聞いた。大学院を目指したのは40歳に近かったと記憶している。
 婚期を逸してしまったが、時々、実家に帰るたびに、だんだんと症状が進行していく母を見るのがつらいと語るのを聞いたことがある。

 患者自身もさることながら、その家族の「苦労」と「哀しさ」に想いをいたせば、軽佻な発言はできない。麻生氏は時に洒脱な発言で観衆を沸かすことがあるのだが、今回の発言は撤回したからでは済まされない。撤回しても発言は残る。活字になった文章は消しゴムで消せない。言葉の重さ、怖さを知るべきだ。

人気blogランキングへ

|

2007年7月20日 (金)

総括

 この一ヶ月、毎日、続けて来たが、よく続いたと思う。今後、休まず続けることができるかどうか不明だが、出来るだけのことはしよう。頭を使ういい機会だ。自分で考える、調べることがいかに大変か良くわかる。いい勉強の時間である。

 アクセスを増やそうと思ったら、手っ取り早いのはアダルトや芸能系なのかもしれない。しかし、それは出来ない。時事(ニュース)問題が一番きっかけとなるが、自分で今まで読んできた書籍や経験を元に、自分なりに考えたことを発信して行きたい。それが一人静というブログの名前をつけた理由だから。できれば毎日。更新の頻度を落とさないようにしよう。

 アクセスを増やす良い機会なのだろうが、コメントやトラックバックは当面、許可しない設定にする。それに対応することが時間的にもできないし、論争する力量は自分自身にない。

 ジャーナリストは新聞、放送などのマスメディアの記者だけではない。今、こうして市民が自分の意見を発表するメディアを持つことができた。誰でもジャーナリストになれる。だが、それは生易しいことではない。事実を集めそれを伝え評論することは簡単ではない。書くという行為、書いた内容に責任を持つのは当然だ。マスコミに働く記者たちの苦労、デスクの苦衷は、傍から見るほど楽ではなく、並大抵なことでは勤まらない。一次情報の取材はどうしてもマスコミに依存する面があるが、マスメディアにはない情報、分析をを発信することは可能である。マスコミだけが世論ではない。そもそも世論はパブリックオピニオンズとされ、複数形だ。いろいろな意見があるのが世論である。

 マスコミは公共的ではなく、ひとつの民間企業であり営利を目的にする。公共性や「知る権利」を標榜するが、株式会社である以上、当然の事ながら利潤を追及する。我々は国民の知る権利を、そのようなマスコミに完全委託していない。マスコミは知る権利の代理人ではない。「知る権利」だけでなく国民の権利はわれら国民のものであり、その不断の権利行使により存続する。民主主義は自然にあるものではない。絶えざる格闘の過程に存在する。

人気blogランキングへ



|

2007年7月19日 (木)

父の背を追う

 新潟中越沖地震で10名の尊い命がなくなった。お悔やみ申し上げます。

 昨日、瓦礫の中から発見された方は教職に就いていたという。拉致被害者の蓮池氏も教えを受けたと聞いた。テニスが得意な体育教師だったとのこと。
 亡くなった父と同じ教職の道を歩んでいる長男の方が、目に涙をいっぱいためて「こんなことで死ぬような親父ではないと信じていた。追いつこうとしても追いつけない父だった」という趣旨の発言をしていた。

 昨日、80歳を超える私の父に医者の検査が発表された。自分で車を運転して病院に行き、検査結果を聞いた。その時の様子を今日電話で聞く。「特に悪いところはない」と医者に言われたと喜んでいた。晩酌のせいで声が多少、弾んで聞こえた。咳をするのは長年タバコを吸って来たからだと医者に言われても、特に自分自身の健康に異常があるとは思わなかったようだ。咳が続くことが異変の一つであることは間違いないのだが、それを正確に説明するばかりが医者の仕事ではない。父に「特に問題ない」と思わせ、それを傍らで聞いて喜ぶ”連れ合い”を安心させた医者は、それだけで名医なのだ。
 父に追いつき追い越そうとし、もがき苦しみ、時に反発しても、なかなか父の存在は超えられない。自分が父になり追われる身になって、自分も息子に対して容易に超えられない背中をみせているだろうか、と自問する。

人気blogランキングへ

|

2007年7月18日 (水)

地の塩

 宮本顕治元共産党委員長が98歳で死去。宮本氏は山口県出身。戦前から共産党員として活動した。1933年、治安維持法違反などで検挙され、終戦まで12年間、獄中にあり、転向を拒否し続けた。このことが、戦後、宮本氏のカリスマ性を強めることになり、転向した人たちに劣等感、うしろめたさを感じさせた。
 いかにも不屈の闘士といった風貌で目に笑いがない人物だった。近寄りがたい雰囲気をもっていたが、それを和らげたのが不破哲三氏だったような気がする。もっとも不破さんも頭が切れすぎる印象だけど。同氏の「私の戦後60年」(新潮社)は一読の価値がある。
 私が大学生の頃、1980年代の後半に民主統一政府を樹立するという目標の下、倍倍で議席を増やし話題になった時もあった。しかし、その目標を達成できなかった、その点では敗北である。
 自主独立路線を標榜しソ連、中国とも一線を画した。高度に発達した資本主義国である日本の独自の革命をめざし、今もそれを目指している、と思う。
 無謬性を強調しすぎて辟易することもあるが、日本共産党は「地の塩」だと私は思っている。なくてはならない党、でも、この党だけの社会はご免こうむる(どの政党にも言えるけどね)。
 この10年間位、すでに宮本氏の影響力はなく、その存在自体も忘れられていたが、その死は日本共産党の歴史の一時代が終わったという印象を与えた。

*なお、地の塩とは(マタイ伝第五章による)塩がすぐれた特性をもつところから、転じて広く社会の腐敗を防ぐのに役立つものをたとえて言う言葉=広辞苑から。

人気blogランキングへ

|

2007年7月17日 (火)

花は越後の雪椿

激甚災害指定にむけてスピード感ある対応が必要と安倍総理は指示した。その通りだと思う。

続けてこんな事態になるとは思っても見なかった。天災は忘れたころにと言われるが、まだ前回の天災を忘れてはいないのに。復興途中だったのに。

前回の地震では上越新幹線がダメージを受けたが、今回は原発。かなり危険な状態であることが明白になった。加えて、その設備をめぐる関係者の秘密主義が、皮肉にも、明らかになった。

テレビのニュースを見ているだけで何とも手が出せない自分がいかにも無責任だが、明日から勤務先で義捐金募集を開始する。
被災地の一日も早い復興を祈ります。なくなられた方にお悔やみ申し上げます。

♪雪椿

つらくても がまんをすれば
きっと来ますよ 春の日が
命なげすて 育ててくれた
あなたの口癖 あなたの涙
子供ごころに 香りを残す
花は越後の 花は越後の雪椿

作詞 星野哲郎
作曲 遠藤 実
唄 小林幸子

人気blogランキングへ

|

2007年7月16日 (月)

悪夢ふたたび

 3年前の悪夢ふたたび。2004年10月の地震からまだ3年も経過していないのに、こんなに強い地震に見舞われるなんて。悲劇でしかない。能登半島の地震もあったし、何か地球が、おかしい。
 国を守るとは、足元をしっかりと固めることが第一。こういう時こそ、国の守りが試される。参院選の一つの潮目にさるかもしれない。

 50年間の静かな怒りが消化し切れていないような気がした。重要な事実が断片敵に描かれすぎた。原作(高村薫)のメッセージを表現するのに、2時間ではあまりに短すぎる。レンタルDVDで「レディー・ジョーカー」を見ての感想。あるいは2時間によくまとめたというべきか。この原作を読んだとき、グリコ・森永事件は、現実にこういう内容だったのではないか、と思えたほど骨太な内容に圧倒されたことを思い出す。

人気blogランキングへ

|

2007年7月15日 (日)

忠義の志

藤沢周平の小説「漆の実のみのる国」を読んでいたら、以下の引用があった。

「当世の人、役儀を望むは忠義の志にあらず、ただ利を営まんがためなり。世のことに立身出世を望むも竃(かまど)をにぎわしたきが故なりというあさましき言葉もあり。ただただほしきものは金銭にて、何をもって我が家を利し、何をもってわが身を利するかを願ってそれのみに肝胆を砕き、利を見ては人の痛み世の恵みを顧みず、乃至は厳刑を恐れざるに至れり。礼儀羞恥を絶たんとして士風の頽廃すでに極まれり」(管見談)

今の時代もこれと同じ状況ではないか。

NHK大河ドラマ「風林火山」を見る。板垣や甘利の忠義の心に痛く感動。板垣が、青空に向かって「わか、、」と残された力で搾り出した姿に感涙してしまった。昭和63年の「武田信玄」の時は板垣の役を菅原文太が演じた。この時も感動したが、今回の千葉真一演じる板垣も見事な忠臣ぶりを示していた。
守り役はあくまでも月影でなくてはならない、、。
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。

人気blogランキングへ

|

2007年7月14日 (土)

誕生日

 「川崎病としては重くもなく軽くもない。普通の症状ということです」小児科医と心臓の専門医の説明に、妻は泣き崩れた。「どうして、どうして」と泣き崩れた。数日前は東京ディズニーランドへ行き、あんなに元気に遊んできたのに、、。

 医師にそう言われる前日の夜、夜勤で勤務していた私に妻から不安げな声で連絡があった。「子供の様子がおかしい。リンパ腺がはれているし熱も下がらない。なんか赤い湿疹もできている」雨が降る15年前の夏のことだった。リンパ腺が腫れていると聞いていやな予感がし、翌日、かかりつけの小児科に行ってみたが、医師は直ちに大きな病院に紹介状を書いてくれた。ただならぬものを感じたが、いくつかの検査の後、いわゆる川崎病と診断された。

 それから、1ヶ月間、妻と娘の病院での生活が始まった。妻は一度も入院期間中は家で寝ることはなく、娘のベットの隣で寝食をともにし看病を続けた。

 3歳上の兄がいたが、病院で生活するわけにも行かず、私の仕事の関係もあり、実家や義理弟の家に世話になった。息子は元気に振舞っているようにみえた。だが、「夜中に時々目が覚めては不安そうにキョロキョロしている」と報告を受けた。「娘さんにみんなが注目しているが、そんな時こそ、お兄ちゃんの方に注意を払っておいたほうが良い」と会社の先輩にはアドバイスをもらった。

 夜になると仕事が終わった私と息子で病院を訪ねるのが日課になった。点滴のために腕や手は紫色になった。包帯で結びつけている部分が、ただれて膿がでていることもあった。点滴がいやで、看護婦さんたちに押さえ込まれる日が続いた。娘は泣き喚き「なんでこんなことされるんだよー」と大声をだした。娘はこのまま死んでしまうのではないかと思う日が、続いた。それでも見舞いが終わり帰路につく私と兄を、妻と娘は思い切り手を振って見送る時の笑顔が、そんな不安を打ち消してくれた。

 一月が経過した頃、ようやく退院の日が来た。直ったと言うわけではなかったが、これからは自宅で様子を見ようということだった。通院することになった。高島屋で奮発して買った白と水色のワンピースを、退院の日に娘は喜んで着た。とても嬉しそうだった。母に手をつないでもらって、歩けることの嬉しさを身体いっぱいに表現していた。でも、その歩みはふらついていた。歩こうと言う意思とは裏腹に、力ない足取りだった。その姿を見たとき、この愛娘が受けた苦痛がどれほどのものだったのかが、理解できたような気がした。この光景は15年たった今も私の脳裏から去らない。鮮明によみがえる。

 あれから15年。定期的に検査を続けているが、幸いに、その後は大病もせず成長した。「娘さんが大きくなって出産するときに、昔、川崎病になったことを思い出させるようなことがあるかもしれませんね」と退院の時、心臓病の医師は言った。

 今日、7月14日、娘は18歳の誕生日を迎えた。

人気blogランキングへ

|

2007年7月13日 (金)

殯の森

 河瀬直美監督の最新作。第60回カンヌ国際映画祭の審査員特別大賞作品を見る。

殯(もがり)とは一説に「喪あがり」の意か。荒城(あらき)と同じ。貴人の本葬をする前に棺に死体を納めて仮に祭ること。またその場所。=以上、広辞苑から。

生と死。老いを考えることがテーマなのか、と思いながら見続けたが、いかんせん、台詞が聞き取りにくい。ドキュメンタリーの手法を使い、言葉ではなく映像そのもので訴えようとしたのかどうかはわからないが、ストレスがたまる。話の展開を追う必要はないのかもしれないが、それにしてもわかりにくい。

 寺尾聡、樋口可南子、田村高広、香川香子などが出演した「阿弥陀堂だより」の方が、よほど生と死を考え、感じることができるだろう。阿弥陀堂で暮らす老婆(北林谷栄)の一言一言、移り行く季節の映像。この映画の方がより感動的だった。
 さらに言えば、一般的には喜劇の分類に入る「男はつらいよ」第48作でさえ、人間の生死に思いを致すことができるだろう。渥美清の最後の作品と言うこともあるのだろうが、彼のあまりにも生気が失せた声の出ない演技に悲痛な気持ちを感じてしまう。時の流れと言えばそれまでだが、誰もが歳を重ね、誰もがそれを避けられないことを訴えている。

 空なるものには、生成も壊滅もありえない。空ならざるものには、生成も壊滅もありえない。=中論=

人気blogランキングへ

|

2007年7月12日 (木)

段ボール肉まん

時事通信は以下のように伝えたが、驚愕。信じられない。

2007/07/12-06:17 「段ボール肉まん」違法販売=劇物で加工し具と偽装-北京
 【北京12日時事】中国中央テレビ(電子版)は12日までに、北京市朝陽区の一部露店で、段ボールとひき肉を混ぜて具にした「偽装肉まん」が違法に販売されていたと報じた。販売業者は同テレビの取材に対し「段ボールと肉の割合は6対4で、コストを下げるために行っている。自分では食べない」と証言した。
 日本ではひき肉偽装事件が発覚したが、北京市当局は段ボールを使った偽装肉まんは極めて悪質なケースだとして、違法加工拠点に対する取り締まりを進めている。
 問題の肉まんは、使用済みの段ボールを劇物のカセイソーダに浸して黒っぽくした上で、粉々にしてひき肉と混ぜ、肉まんの具として約10分間煮込んで作られる。段ボールとひき肉が混ざった具は、外見上は本物と見分けが付かないという。
(時事通信のサイトより引用)

 一体全体、隣の国はどうなっているのだろうか?品質管理の考えがないのか?
中国は共産主義なのか、あるいは資本主義なのか?
経済合理性があるのか?「そっくり遊園地」に見られるような知的財産権に対する無知。
やっぱり資本主義ではないな。では共産主義?いや、共産主義は資本主義の崩壊の後にできるのではなかったっけ。資本主義を経験しないで出来上がった共産主義の国なの?

 かつて30年以上前に「中国が目覚めるとき世界は震撼する」という本を読んだことがある。うろ覚えだが、フランスの外交官が書いたものだったかな。
中国が目覚めたかどうかはともかく、一連の「毒物」輸出の報道で、世界が震撼したことだけは間違いない。

もっとも、ミートホープ事件を想起しただけでも、他所の国のことは言えない日本国。

人気blogランキングへ

|

2007年7月11日 (水)

側近の務め

 「上に向かっても下に向かっても、自分の属する階級に向かっても、必要とあれば、嫌がることを言うのが、学問の使命である」と言ったのはマックス・ウエーバーだが、これは学問だけの世界ではあるまい。時に厳しいことを言うのが側近の役割だ。諫言こそ側近の務めだ。それこそが赤誠(せきせい)を尽くすということだ。権力者の顔色ばかり疑い、権力者と一緒になってアクセルを踏み続けることはない。

 台風4号接近。明日は参院選の公示。木の葉が沈んで石が浮き上がる世の中にしてはいけない。

人気blogランキングへ

|

2007年7月10日 (火)

諫死

 8日の大河ドラマ「風林火山」の板垣(千葉真一)と甘利(龍雷太)の演技に見入ってしまった。若き指導者を自身の命を投げ打って諌める意を固めた側近。重厚な演技に妻も娘も食い入るようにテレビを見ていた。昨年の「功名が辻」とは違った「重さ」に感激。来週の「両雄の死」が待たれる。
 安倍首相や赤城農水相にはこうした側近がいないのだろうか?赤城農水相の釈明は、いかにもわかりにくく、潔さがない。
 山紫水明の文字通り「美しい国」日本。この国を腐蝕させているのはだれ?

ずるがしこさが政治家の代名詞になってよいのか。
「亡国に至るを知らざれば、すなわち亡国なり」と言ったのは田中正造だったと思う。

 

人気blogランキングへ



|

2007年7月 9日 (月)

拉致被害者の姉の死

 北朝鮮による拉致被害者、市川修一さんの姉である渡辺孝子さんが亡くなったとの記事が新聞の片隅に掲載されていた。58歳。拉致被害者家族会の増元さんのウエブサイトによると他にも拉致被害者の家族の死が伝えられている。お悔やみ申し上げます。

 「日本国憲法と言えば第九条」と条件反射的に答えることが多いが、憲法13条の重要性を再認識すべきだ。
 憲法13条には「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」とある。
 憲法は国家権力を規制する。国家権力に対して指示・命令する。この国は、国民の権利を尊重し、日本国民を守ることをその第一の義務(目的)としているか。拉致被害者問題だけでなく最近の年金問題などをみても、どうもそうは思えない。なぜかくも根っこが腐ってしまったのだろうか。箍(たが)が緩んでしまったのだろうか。

人気blogランキングへ


|

2007年7月 8日 (日)

レガシー

 事務処理の電算処理なら、そのプログラミング言語は、今でも、COBOLが一番だと思っている。冗長性が問題とされるが、ソースコードは読みやすくメンテナンスに優れる。オープン系にも対応するCOBOLもあり、基幹の部分はCOBOLで作成し、非定型処理部分は今風な表計算などと連携すればよい。銀行、証券、生保と言った金融機関では今でもCOBOLでプログラムが作られていると聞いている。最新のプログラム言語(そんなものがあるか知らないが)に飛びつくことはない。なんだかんだと振り回されるな。
 かつてオフコンが役割を担っていた部分は、すっかりWindows系に更改されてしまって、メーカー独自のOSはすっかり影を潜めてしまった。富士通のKシリーズ、日立のLシリーズなど。
 なんでもかんでもマイクロソフトに依存するのは危険だ。Windows系の採用で、見栄えは確かに良くなったように見えるが、事務処理の本質的な部分は変わってない。敢えて最新のものに飛びつく必要はない。昔の、電子計算機と言われた頃のほうが、ハードは丈夫だったし、ソフト開発も標準化されていたように思う。
 時代に掉さすこと(時流にうまく乗ること)ばかり考えない。「古さ」を指摘されても、それを維持している多くの技術者がいることを忘れてはいけない。

人気blogランキングへ


|

2007年7月 7日 (土)

大雨・豪雨

 九州地方で大雨。被災された方たちにお見舞い申し上げる。

 「心配ではないですか?」と避難して来た老人にインタビューしている場面がテレビニュースで放送される。老人もその質問に困惑したらしく「そりゃ心配ですよ」と答えた。
 インタビューする記者の感覚を疑うようなシーンだった。百歩譲って老人に声をかける時には、その言葉でよいだろうが(ご心配ですね、と声をかけインタビューの許可を得るのが良いとは思うが)、もっと具体的な質問をすべきだ。その場面を放送すべきだ。こんな大雨の経験があるかどうか、いま必要なものは何か、などなど。
 総じて「今の気持ちは?」と尋ねるインタビューが多いが、どうも以前から気になっている。

 赤城農林大臣の事務所経費問題が報道される。一体、どうなっているのか。「身体検査」が甘いんだな。きっと。

 2007/07/07-12:24 赤城農水相の辞任要求=事務所経費計上の一部報道で-共産・市田書記局長
 共産党の市田忠義書記局長は7日、赤城徳彦農水相の政治団体が親族宅を事務所の所在地とし、実体がないのに10年間で約9000万円の経費を事務所費などとして計上していたとの一部報道について「重大だ。これは佐田玄一郎前行政改革担当相の問題と全く同質の問題で、閣僚辞任に値する。自ら辞任しなければ安倍晋三首相が罷免すべきだ」と述べた。
(時事通信ニュースから引用)

その通りだと思う。
自民党にとっては豪雨。これほど失策が続くのに政権の座につけない野党。受け皿足りえていない民主党。悲劇、そして喜劇でさえある。

人気blogランキングへ


|

2007年7月 6日 (金)

旅立ちの日は雨がいい

RAY24本骨傘が届く。1ヶ月前の日曜日、「アッコにおまかせ」を見ていて24本の骨がある傘が売られていることを知り、早速、ネットで注文。ようやく今日、届いた。少し重いがそこがまた重厚な感じがして良い。蛇の目傘のような趣だ。月曜日は雨が降るとよいな。

昔、「旅立ちの日は雨がいい」と詩に書いたのは確か高野悦子さんだったような気がした。新潮社から「二十歳の原点」という本が刊行されていた。もう30数年以上も前のことで、映画にもなった。立命館大学の学生だったが、列車に飛び込み若い命を自ら絶った。青春時代特有の悩みや懸命に生きようとした姿が多くの共感を呼んだ。「二十歳の原点」や「青春の墓標」は、まだ実家の本棚にしまってあるだろうか。

|

2007年7月 5日 (木)

懐妊の知らせ

 9年前、仲人をした夫妻から懐妊の知らせが届いた。
なかなか懐胎の報告がなく、当人たちも、その知らせが出来ないことを気にしている時期があった。それからまもなく、夫の職場が変わったことで生活のリズムが一変。「新婚当時は料理を手伝ってくれたり、休みにはどこかに連れてってくれたのに。今は夜遅く帰ってきて、何もしてくれない」と妻の不満が募るばかりになった。妻は弁護士の所に離婚の相談に行ったりして、単なる夫婦喧嘩とは違う様相になって行った。両家の両親も巻き込み騒動は広がった。別居状態がしばらく続いた。拙宅に二人を招き、直接、話す機会を作ってはみたが、二人の様子を見るにつけ、もう離婚させたほうが良いと私たち夫婦も同じ意見を持った。
 しかし、二人でとことん話したのが良かったのか、互いにもう一度やり直そうと決めてくれた。それから、3年。ようやく今日、妊娠の報告を頂戴できた。私の妻は知らせに涙を流して喜んだ。二人の歩んできた道を想い感激したのだろう。
 波乱に富んだ二人の結婚生活となったが、今は、二人の末永い幸せを祈るばかり。ちなみに予定日は12月末。大晦(おおつごもり)の頃になるかもしれない。聞くところによれば、双子の赤ちゃんであることが、すでにわかっているとのこと。
 二人の絆と両家の親交が深まることを望む。小さな命の誕生はうれしい。

|

2007年7月 4日 (水)

朝、通勤途中で必ず同じ時間にすれ違う人がいる。30歳前後の大柄な男性も、その一人だ。いつも幼稚園の年少さんの女の子の手をつないでニコニコしながら歩いている。近くの幼稚園に娘を送ってから会社に行くのだろうか。橋の上では時たま、欄干から下の大きな川の流れを娘と一緒に見つめている。父と娘のそんな姿を見ていると、懐かしさも込めた羨ましさを感じる。

久しぶりに自分の娘のそばに立って身長を比べてみた。3歳のときに大病を患い、万一の事態も覚悟したことがあった娘だが、私と10センチも違わない背の高さになった。あと10日で18歳になる。

新聞の片隅に「横田めぐみさんの父である横田滋氏が入院した」とのベタ記事を読んだ。昨日の防衛大臣辞任に関連したニュースのために片隅に追いやられていたが、気になるニュースだ。一日も早い回復を祈るばかり。娘のめぐみさんとの再会がかなうように。

|

2007年7月 3日 (火)

電子号外

久間防衛相の地元、長崎新聞の電子号外を読む。ちょっとあっさりした号外。詳しくは7月4日付け新聞を読んで欲しいとのこと。共同通信社の原稿をベースにしているせいか、あまり独自色はなかった。

この防衛相の辞任の弁は聞くに堪えないものだった。いつから政治家(屋)の発言がこれほどまでに軽く無責任になったのだろう。

首相は更迭すべきだった。発言があった時に即座に更迭の決断を下していれば、多少はリーダーシップなるものを見せることが出来たろう。他の閣僚たちの間からも、今日になって「不適切な発言」などという発言が相次いだが、遅い。結局、選挙対策しか考えないということだ。

we must change tu be the same
この言葉を座右の銘にしている小沢代表率いる民主党も今ひとつ精彩がない。二大政党と盛んに喧伝されるが、まだ受け皿になりえていないことは、各種世論調査の通りだ。別に二大政党が良いとは限らない。

忸怩(じくじ)とは、恥じ入るさま。「内心忸怩たるものがある」などと使う(広辞苑)。
この忸怩という言葉の使い方を間違えている政治家がいる。

|

2007年7月 2日 (月)

OpenOffice.org 2.1

マイクロソフト(MS)製のアプリケーションソフト「ワード」「エクセル」を政府が原則購入しないとNHKが昨日、報道した。さっそくOpenOffice.org 2.1はどんなものなのかダウンロードしてみる。
マイクロソフトにすっかりならされてしまった指先には面食らう部分が多いが、いろいろ使ってみないと。結局慣れだから。ま、タダなんだから、と割り切ってしまえば良いのかも。

霧雨のような雨。灰色のスーツはよれよれ、皺はいっぱい出来るし、濡れねずみ状態。湿気が多いせいか、髪の毛はクルクル。

|

2007年7月 1日 (日)

久間防衛大臣の発言要旨

「日本が戦後、ドイツのように東西で仕切られなくて済んだのはソ連が(日本に)侵略しなかった点がある。当時、ソ連は参戦の準備をしていた。米国はソ連に参戦してほしくなかった。日本との戦争に勝つのは分かっているのに日本はしぶとい。しぶといとソ連が出てくる可能性がある。日本が負けると分かっているのにあえて原爆を広島と長崎に落とし、終戦になった。長崎に落とすことによって、ここまでやったら日本も降参するだろうと。そうすればソ連の参戦を止めることができると(原爆投下を)やった。幸いに北海道が占領されずに済んだが、間違うと北海道がソ連に取られてしまった。その当時の日本なら取られて何もする方法がない。長崎に落とされ悲惨な目に遭ったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で、しょうがないなと思っている。それに対して米国を恨むつもりはない。勝ち戦と分かっている時に原爆まで使う必要があったのかどうかという思いは今でもしているが、国際情勢、戦後の占領状態などからすると、そういうことも選択としてはあり得るのかなということも頭に入れながら考えなければいけない。」(徳島新聞のウエブサイトから)

「長崎の原爆は仕方なかった」という短い文章に要約して報道された時とは若干、受けるニュアンスが違うように思う。もちろん問題発言であることは間違いないが。ずいぶんと米国に理解を示した発言になっている。かつて「米国のイラク戦争開戦には「(イラクに)核兵器がさもあるかのような状況で、ブッシュ米大統領は踏み切ったのだろうが、その判断が間違っていたと思う」と語ったことのある人だけど。

参院選での自民党にまた一つ不利な材料が出来たようだが、今回の参院選で有権者の投票行動に影響を与えるのは「年金問題」であることに変わりはない。自分の財布、自分の老後に直結する年金問題こそが投票行動を決める。

断片的な発言や映像が繰り返されることで、じっくりと問題を考えないようになってる。マスコミは消費対象を絶えず捜し求める。問題解決に至らなくとも、飽きてきたら次のターゲットを作り出していく。

情報バラエティ番組を見ていても、どうして発言者は次から次へと矢継ぎ早に感情を変化させることが出来るのだろう、と不思議だ。泣いたり、深刻そうな顔をしてみたと思ったら、喜んでホットドックに噛みついてみたり。

どんよりとした曇り空だったが、雨は降らず。このままで大丈夫なのだろうか。
歩くことをせず、終日家の中。

|

« 2007年6月 | トップページ | 2007年8月 »